七久里神社裸まつり

信州飯田の七久里神社火祭りに行ってきました。本殿の御鎮座は1376年と言われ後醍醐天皇の御子は、民草の幸福を祈って次のような和歌を詠んだそうです「七十路の齢を保つこれやこの 七久里の社の恵なるらむ」 社殿造営の記録としては1608年11月に社殿を復興・1774年に営繕・・入口には提灯が飾られていました 階段を登って行くと「御柱」が2本立っていますこれは諏訪神社の御柱祭と同じ年に建てら…

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インドの猫ちゃん  (番外編)

 インドには猫が少ないと言う発言をされる方がありましたが確かにそうですね。 でも私は見ました。(コチンのマーケットにて) 南インドの街中は、動物をあまり見ませんでした。 牛・ヤギ・犬・・・象は2回ほど・・・等 北へ行くと、ラクダ・象・牛等ゴロゴロしていますが・・)^o^(

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南インドNO.5 ケララ州 バックウオータークルーズ

 南インドケララ州は、スパイスが豊富なことで 知られているが、昔スパイスの輸送手段として 舟が使われていました。 今、そのスパイスの取れる水郷地帯を行く ハウスボートと呼ばていいる船がそうなのです。 今回乗船したのは1泊2日・・・3部屋の船でした。 インドのバスの乗り心地ときたら・・・ 痔が暴れださないのが奇跡のようなものです。 細かい振動が伝わって上下に揺れてたまりません。…

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南インドNo.4 コモリン岬の朝日

 実は昨日の夕日を見た後、トゥクトゥクに乗って ホテルの途中まで来ました。 この小さくてけたたましい騒音を立てて走る乗り物は 昭和30年後半のダイハツミゼットを思い出させます。 下痢で疲労困憊の身としてはトゥクトゥクは 豪華なリムジンに見えました。・・・ と申しましてもこれに6人も詰め込まれて・・・ 運賃は日本円で¥18円ほどです。(^^)/ 翌朝朝日を見る為に夕日と…

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南インドの旅No.2チェンナイ~マドゥライへ

 インドのホテルでは水が1本ずつサービスになっていますが 今日は何という事でしょう・・・昨日の枕銭(チップ)が効いたのか こんなに大量の水がサービスされました。 なんで???  使い切れませんでしたが/笑 チェンナイ市内「セパレーシュワラ寺院」を訪問・・ 残念ながらポンガル祭準備の為外壁の補修中で工事用の足場がかかっていて詳細は 見ることが出来ませんでした。ガネー…

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スリランカ世界遺産紀行NO.4 佛歯寺見学

   仏教徒のシンハラ人にとって、ブッダの歯を安置する仏歯寺は 正に聖地であり民族の象徴でもあります。 キャンディ湖のほとりにあるこの寺は大変な賑わいでした。 ペラヘラ祭りの象がこの周辺にたくさんいて世話をする方も 大変だろうなと思いました。 ペラヘラ祭りで象の背中に乗せられた仏歯の入った仏舎利が キャンディの街を練り歩き清められるのです。 この祭りの2週間は街の…

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スリランカ世界遺産紀行No.3 キヤンディ・ペラヘラ祭り

 「スリランカで最もスリランカらしい」と言われている 古都キャンディは、見どころの多い素敵な街でした。 ブッダの糸きり歯を安置する仏歯寺の存在はスリランカの宝であり 人々の心のよりどころでもあります。 毎年各地で何日間かに渡り「御神体」を舎利容器に入れて 象の背中に乗せ市内を練り歩くのが「ペラヘラ祭り」です。 ペラヘラとは行列の事だそうです。 キャンディ湖に傍にある仏歯寺を…

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スリランカ世界遺産紀行No.2 シーギリヤ・ロック

 スリランカは九州より少し大きい国で人口約2100万人・・・ その国土の中央に「シーギリヤ」はあります。 赤渇職色の岩肌は高さ200m強・・ほとんど垂直に立っています。 この大きな岩の上に華麗な王宮を造った王様(カーシャバ)がいました。 このカーシャバには腹違いの弟がいて、抗争の報復を恐れて この岩山の上に宮殿を造ったそうです。 実の父を殺された弟モッガ・ラーナは、11年後インド…

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スリランカ世界遺産紀行 No.1アヌラーダブラ遺跡

 以前から行きたいと思っていた、「シーギリヤ」と「ペラハラ祭り」に ようやく旅することが出来ました。 人生・・長いようで短いもの・・ 70歳を過ぎると”、明日、又、次、”は無いものと考えます。 つまらない見栄やしがらみに縛られているのが アホらしくなってきた今日この頃です。 心のガラクタを処分して自分の思うように過ごしたいと考えています。 行ける時に旅に出ないと・・先の事は分かりま…

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増冨ラジウム温泉紀行 No.2 近辺の風景 ウグイスと喧嘩?

 金泉閣の玄関を出て右に曲がると緩やかな坂道となります。 その道を歩いて行くと老舗旅館「津金楼」があります。 そこからさらに登ってゆくと小さな沢があり 「土石流注意」の立札があった。 そばに閉鎖された小さな旅館があって そこから川に流れ出ている温泉が石灰華状のように 落ち葉と一体になって固まっています。 昼食をとるために車に乗り換えて更にこの道路を登ってみました。 …

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増冨ラジウム温泉紀行 癌に効く奇跡の湯?リピーター率90%?

 ここのところ多忙でしたので妻の膝のリハビリを兼ねて湯冶に出かけました。 名古屋から250km離れた山梨県「増冨ラジウム温泉」です。 日本3大ラジウム温泉といえば、 玉川温泉・三朝温泉・増冨ラジウム温泉ですが 他の2か所は行ったことがありますが、ここは初めて訪れた温泉地です。 須玉I・Cを降りて15分くらい走ると「みずがき湖畔」に到着します。 静寂の中美しい景色に・・・車を降りて…

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五島列島の旅 上五島町大曽漁港 ~坂本竜馬ゆかりの地 No.4

 朝の魚市場のセリの風景を見学しました。 木札を仲買人たちが持っていてお目当ての魚がセリにかけられると セリ人めがけて木札を投げます。 それをセリ人が受け止めて一番高値札の仲買人に合図をするのですが 何を云ってるのか素人にはさっぱり分かりません。 それも驚くほど速いスピードで次々とセリが進んでいきます。 漁船から上がった魚の種類によっては、血抜きをして鮮度を保ちますが …

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五島列島の旅 福江島~新上五島町へNo.3

1614年に藩主五島盛利は石田城を築きその石垣が現在まで残っている。 今この立派な門をくぐると城跡には五島高校が建っていて生徒たちが出入りしていた。 又「福江直り」と呼ばれた政策とは、家臣が反乱を企てるのを恐れた藩主が それを集めて城下に住まわせる政策で1634年までに170余の家臣が集められた。 現在石田城址南西の武家屋敷通りは当時をしのばせる。 石垣の上に丸い石を乗せ(…

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五島列島の旅 No.2 福江島の巻

 福江島に16:15に到着 思ったより小奇麗でした。 数万年前はアジア大陸の一部だったものが1万年前に氷河期が終わり 海面が上昇しその時に五島列島が形成されたと言う。 昔から日本と大陸を結ぶ重要な地点として位置づけられてきたここは 海を舞台に活動する人々の多くのドラマがあったと推測されます。 五島列島のあちこちには約50か所の教会が点在しますが 島民の多くがキリスト教徒という…

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五島列島の旅 長崎~福江島へ渡るNo.1

心配した天気も快晴で新幹線で博多駅に到着・・ そのあとバスで長崎へと移動しました。 今回のツアーは予想以上の参加者でナント41名・・・多いので驚きました。 バスに乗り込んで出発となったわけですが、 このバスのドライバー・正に”雲助運ちゃん”と呼ばれるのに ふさわしい?男でその不遜な態度に先行きが不安に・・ 女性添乗員が話しかけても無視、客が乗り込もうとしても 荷物置き場に腰を掛…

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パリ断章 1994-1995(抄) 山中 哲夫著

 この本は、パリを愛する人にぜひ読んでいただきたい本です。 著者は40代の時に文部省在外研究員として渡仏されて 鋭い感性を持ってパリを観察した随筆です。 パリで出会った風景やゆかりのある人物を巧みにまじえ読み応えがありました 人間の生と死についての深い洞察もありますが、堅苦しくなくサラっとした読後感が味わえます。 著者は公立大学のフランス文学専攻の方だそうですが絵画の方も詳しい…

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シューリーマン旅行記 「日本」 感想

 ここのところ、色々なしがらみでの雑用が多くなり旅に出る時間もない。 しかし、これも、あと半年の辛抱だと思いつつガマンの日が続く。 昔から旅にあこがれていたがこれは読書による影響が大きい。 こどもの頃読んだ「ガリバー旅行記、15少年漂流記、ジョン万次郎漂流記」等の影響もあったと思う。 1990年に朝日新聞社から出版された、「12万円で世界を歩く」下川裕治著・・・・ これには、感動?…

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中伊那の桜(栗林地区)と養命酒工場2014.4.15

 5年ぶりにこの老桜を見に行った。 やはり5年前に比べ枝が短くなり歳をとってしまったようだった。 しかし、気品のある姿は、昔と変わらなかった 昔には無かった根元の穴・・・そして細くなって・・ 桜の木も人間と変わらないそう思いました。 すぐ近くには見事な枝垂桜の大木があります。 赤い屋根のうちの方が声を掛けて下さって「庭に入って写して下さい」と・・ 親切なご婦人でした。旅…

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エジプトのベリーダンス

 太めのお腹が特徴のようです。 子孫繁栄を祈る踊りだそうです。 場所が暗いのとハイビジョンカメラではないので画像が粗いです

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マダガスカルの旅 NO.3 アンタナナリボ~ベレンティ

アンタナナリヴォのチンバザザ動植物園に行った。 係りがキツネザルを檻から出してくれた。 大変おとなしく人なつっこい・・・ニホンザルのタチの悪さと典型的に違う。 可愛くてしかたがない。 フォールドファンからベレンティは悪路を4時間くらいかけて走る。 その途中にあったアンタヌシ族の墓、高いほど長命だった人のものだ。 丁度、コブウシの市が開かれていたところに遭…

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雲南の人々の暮らしの風景

村を歩くとネコがいました。犬もあひるもいますが不審者の番には役立ちます  とうもろこしの干したものが良く目につきました。 代表的な民家です。 干し肉が・・・・ 民家の屋根・・・瓦がふいてあります。 子供たちは、元気ですがライターで木に火をつけて遊んでいました。 火事が心配です。 こんな綺麗なご飯がレストランで出ました。 なかなか…

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秘境雲南の町 新街鎮の市場の風景

雲南 菁口村ハニ族の村を訪ねました。 昼食にでた鶏料理・・・ もちろん、頭・脚もそのまま・・・ コラーゲンたっぷりで美味しいです!(^^)! 子供たちは、入れ物の中にゆで卵を入れて売っています。 聞くと1個(1.5元=¥21)、やや高いような気がしましたが観光客相手だからでしょう。 道端の店屋で水牛の解体を行っていました。 頭蓋骨の目が悲しそう・・・ …

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雲南省の旅 菜の花・棚田を訪ねて エピローグ

中国の雲南省は中国人にとっても秘境のイメージで旅行の好きな人には憧れの地区と言う。 険しい山に囲まれ容易には行けないところだからだろう。 今回、羅平の菜の花畑と世界一美しい元陽の棚田を見に行った。 ここのところBS各局も雲南省の旅を取り上げることが多い。 日本から上海まで利用した中国東方航空はやや座席が狭いものの清潔な機内だった。 中国人スッチーは無愛想だったが、気まぐれでわが…

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ベトナムの旅④ 生きた豚をバイクで・・

子供たちは、どこの国でも可愛い! ベトナムとて例外ではない・・ 3人乗りバイクの前に乗っていた子は バスの中から8mmを回している私に気が付き はにかんで・・・可愛いかったのを思い出す あの笑顔が大人になるにつけ・・・ 失われていくのだと思うとつらい・・・・ ベトナム人は、歩くのが嫌いだと言う。 どこへ行きのもバイク他乗り物に乗っていくらしい。 物を運…

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ベトナムの旅② ココナツキャンディのタイソン島

 ホーチミンから南西に車で2時間・・ミトーに到着する。 ここから船でタイソン島に渡るのだ。 船着き場は、土産物屋が軒を連ね呼び込みに忙しい。 Tシャツ3枚¥1000が最後には8枚¥1000になるのだ。 乗り場に近くなるほどTシャツの枚数が増えてくる(安くなる) タイソン島は、果物や蜂蜜のとれる島で竜眼の蜂蜜が名物だ。 またココナツキャンディ工場?もあり見学した。 以前某TV局で…

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ベトナムの旅① ホーチミン

 考えてみると平均寿命までX年・・・ 75歳を過ぎると海外旅行は、二の足を踏む 人たちが多くなってくる。 冥土までの道のりに後悔は残したくない! 毎日追われている生活だが思い切って7日間の 休みを取って経済発展の著しいベトナムに行くことにした。 プラチナ・ゴールド・チタニューム会員の皆様は 優先的に飛行に搭乗・・のアナウンスを聞きながら ワシラ・・「アルミ缶員」は、気楽に最後…

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北海道・大雪高原温泉とキタキツネ/旭山動物園/富良野

 留辺蕊には、数年前、最初にキャンプしながら北海道温泉めぐりを していた時に知り合った「Sさん」がいます。 たまたま岩間温泉で知り合ったのですが、その後お宅に泊めて貰ったり・・・ 名物を送っていただいたり・・親切にいていただいています。 今回は、ご病気で入院されまだ退院数日後だと 電話で伺っていたので事前に知らせると気をお遣いになり 迷惑になるので、いきなりご自宅に訪問しました。…

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昔の光・・今いずこ・・かつての日本一「鴻之舞金山」の跡

国道239号天北峠を越えて西興部村を137号に右折札久留峠を越えて 右折すると天塩岳自然公園「氷のトンネル」があります。 ここは、真夏でも4℃の体験の出来るところと知り行きました。 途中、鹿などがのんびり草を食んでる光景なども見ることができます。 残念ながら「熊出没」の為、トンネル方面山道は封鎖され入れませんでした。 手前には、ウエンシリキャンプ場がありますが・・最近人が使った…

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