七久里神社裸まつり

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信州飯田の七久里神社火祭りに行ってきました。
本殿の御鎮座は1376年と言われ後醍醐天皇の御子は、民草の幸福を祈って
次のような和歌を詠んだそうです
「七十路の齢を保つこれやこの 七久里の社の恵なるらむ」

社殿造営の記録としては1608年11月に社殿を復興・1774年に営繕・・
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入口には提灯が飾られていました
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階段を登って行くと「御柱」が2本立っています
これは諏訪神社の御柱祭と同じ年に建てられます

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狛犬も変わった形をしていました。
縄で縛ってあるのは、別名「けんか祭り」とも呼ばれていて、狛犬が破損するのを防ぐためだそうです

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もみ合って激しい動き・・・毎年近くにいる素人カメラマンのカメラが壊されることが多いと聞きました


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氏子たちは各平ごとに名旗を先頭に由美梁提灯・日章旗・旭日旗・手筒・玉箱・桶ふり・行燈・高張提灯・御幣
筒祓い等の順番に鳥居をくぐり”オイヨ!」掛け声で参道から本殿に練り込みます。

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本殿にてお祓いを受けます。

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裸祭りの由来・・・・
氏子の七つ平より一人づつ力自慢の若者が選ばれ、前日より身を清め、裸身となって腰に太注連縄を締め
お神酒樽に注連縄をめぐらして、これを頭上高く掲げて掛け声勇ましく振りきおひます。
宵祭りの花形となったこの若者は、奉納煙火の天下一切の責任者となります

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三国花火に点火・・降りしきる火の粉を浴びて樽を振る姿は、男の中の男として憧れの的になります


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太注連縄に火がついて燃え上がることもあり、傍にいる氏子が水をかけて消します

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三国とは・・甲州・信州・駿州を意味し・・花火とは書かず”煙火”と書いてはなびと読みます。
これは戦国時代、武田信玄が筒煙火を神前に奉納し、必勝祈願をしたためで
のろしとして使われていたので「三国煙火」となったそうです。
例祭には必ずこの「三国煙火」を奉納しなければならない習わしとなりました。

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最後は七人が揃って火の中で桶を振ります

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こうして約2時間半にわたる奇祭が終了しました。
見ごたえのあるお祭りでした






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