ラバウルの旅No.2(ヤマモトバンカー他)戦跡

 
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 ここラバウルでは現地部族のお祭りでは
このような仮面を身に着けて踊るそうです。
現物を見ましたがかなり大きなものです
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ラバウルのロッジの従業員はフレンドリーで
過ごしやすいところでした
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現地語で挨拶するとビックリした顔で大変喜んでくれて
笑顔がはじけてますます友好的な雰囲気になりました
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建物の裏手はプライベートビーチとなっています

今日は3日目となり引き続き戦跡を巡りました
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*大発(はしけ)格納庫トンネル(奥行20m)
海までの200mを着岸できない大型船と陸との間を貨物を積んで往復
5隻の大型発動機を収納していたそうです
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入口では土産の民芸品を売っていますが
観光客もまばらであまり商売にはならないようです

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ついでラバウル展望台に向かいました
途中の山道の道筋には日本軍の塹壕跡が散見できました
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眼下にラバウルの町が拡がっています
山の名前も「母山・南娘山・花吹山・西吹山」と日本名がついています
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椰子の実も落ちていましたしノラ犬もいました

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ここから30分の移動で「小牧桟橋」に到着
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長さ110の小牧丸の船体がB-26の爆撃で転覆し
そのまま桟橋として使われていました
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ゼロ戦の伝説のパイロット坂井三郎氏もこの船でラバウルに来ています
坂井氏は終戦まで生き残った運の強い方です
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いまでは木陰でノンビリと現地の人がくつろぐ場所のようです

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さらに20分移動して司令部防空壕跡(ヤマモトバンカー)に到着
1943.4.18にブーゲンビル島で撃墜された
山本五十六元帥がその前日まで過ごした場所です
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内部は蒸し暑く作業室には壁にラバウルの地図などが見られます
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少し離れたところには、日本の戦車がありました

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11時過ぎに「南太平洋戦没者の碑」にお参りしました
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昭和55年に建立・天井に太平洋が描かれて
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ラバウルの位置に穴があけられ太陽が差し込むようになっています

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近くには「旧ラバウル東飛行場址」があり多くの飛行兵が
ここから飛び立ちました
山本五十六元帥もここから一式陸巧攻で飛び立ち撃墜されました
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給油所址に無残な一式陸攻の残骸も見ることが出来ます
この辺りは1994年の火山の噴火で埋まりましたが
一部掘り起こされています

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昼食後「ラバウル温泉」に出かけました
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ラバラナカイア山から地熱を発しマチビットワン湾沿いに源泉が
ありますが高温の為それが海に流れ込んだところで適温となっています
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日本軍西飛行場址・・・
中型・大型爆撃機の発着に使用されたそうですが
今では荒れて一面の草むら・・
見学していると何処からともなく現れた現地人が不気味でした

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夕方、ココポマーケットを見学しました
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落花生うり・・一束¥35です
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子供たちにカメラを向けてもお金を要求されることは皆無でした
お礼におばちゃんからアイスキャンデーを買って渡しました
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乗り合いバスはトラックが多いです
車は、トヨタが圧倒的に多くいすゞ・マツダ・日産・他現代が少し
とにかく行きかう車は日本車がほとんどでした

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町を歩くと電線に引っかかった靴をたまに見かけます
これは子供たちが穴の開いた使えなくなった靴を投げて
電線に引っかける”遊び”なのだそうです

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又、パプアには「ごーごーコーラ」と言う独自のコーラがあると聞き
試に飲んでみましたが、軽い味わいでなかなかのものでした

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