日本三大渓谷 清津峡の旅

 新潟県十日町小出にある「清津峡」は
最近”絶景”を見ることが出来ると
旅行者のパンフにも各社登場しています。

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写真を見ると一体どうなっているのかと思い行ってみました。
円形のドームから外を見ると柱状節理の壁があって
清流が流れています
トンネルの最深部の開口部の下は水が張ってあって、靴を濡らすか
裸足で通らなければならないようになっています。
この水面が晴天で無風で動いている人がいなければ
パンフレットの写真のようになるわけです。
正にウユニ塩湖をヒントにした?構造ではないかと思いました

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昔は、この川伝いに徒歩で歩いて観光していたそうですが
落石事故等があってトンネルから見学という事になったそうです
パンフの写真を見て行くと少しがっかりしました。
全長750mのトンネルは有料です(¥600)

トンネルの中を歩いて行くと途中3か所の見晴所があります。
トンネルの途中を片方だけくり抜いて外の景色を見せる・・
この構造は、スイスの山でも見たことがあります

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特に第2見晴所はトイレがありますが
これが変わっていて”中から用を足しながら外が見える”
構造になっています。むろん外からは見えません・・・

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ご経験のある方はご存知かと思いますが
警察の取り調べ室のマジックガラス構造みたいすね!

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第3見晴所は水滴状の複数の鏡が天井に着いていて
鏡の後ろからオレンジの光を当てて一種独特の雰囲気があります

しかし、昔は本当に絶景だっただろうと思います
便利もいいですが不便も又、楽しからずやではないでしょうか・・・
自然を楽しみたいのに人工的な加工が目につきます
入口付近に「清津峡温泉旅館」もありますので
清津峡・・・行くなら紅葉シーズンが良いと思います




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ブルーポピー

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 久しぶりに信州へ旅をした。
名物「おぎのや」の釜めしは、時代を反映してか陶器から紙へ・・
少し寂しい気がしたが味は以前のままで美味だった

秋篠宮様がブータンへ訪問されているがブータンでもブルーポピーは有名だ。
ガイドについて山に入ると見ることが出来ると言う。
私も奥地のブムタンまで行った事があるが
シーズンを外れていたので見ることはできなかった
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今回、北志賀高原の竜王・・標高1770mの山頂に咲いていた
ブルーポピーを見ることが出来た。
166人乗りのロープウエイで登れば誰でも見る事が出来ます。
青以外に紫色のポピーも咲いていました
開花して1週間程度でしぼんでしまうそうです。
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少し離れていますが、石灰石で有名な明星山を写す「高浪の池」も綺麗でした。

紀州の旅 南高梅と高野山

 皮が薄く身が柔らかいのが南高梅・・・
皮が厚く身が固いのが我が最愛?のつれあい・・
モチロン南高梅の方が美味でゴザイます。
人間も長い事やっていますと・・・
”頭も固いが・・身体も堅いや~”と灰神楽三太郎・・・

 今回、日本一の梅干しメーカー
「中田食品」さんの工場見学に伺いました。
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どこの工場・寺へ行っても弁舌さわやかな担当者がいます。
ここの方も色々説明して下さいました。
梅干は1から10までメーカーで作っているのではない・・!
この事実も初めて知りました。

①.まず500件の梅栽培契約農家さんが梅を育て
  梅の実が熟して落ちるのを待ちます。
  梅の木の下にはビニールシートが引いてあり
  その上に落ちた梅を回収するのです

②.回収した梅を良く洗って10kg用のプラバケツに
  200gの塩を入れて漬けこみます

③.そうして水が上がって来たらその水を捨てて梅を取りだし
  一粒づつ並らべて天日で乾かします

④.そこで乾いたら点検し、メーカーに納めるわけです

⑤.納められた梅は再度水洗いされて色々な味の液に
  漬けこまれます・・ここからがメーカーの仕事になります。

 大体こんなところですが手間暇がかかるのは良く分かりました

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即売所では、梅干しの試食・梅酒の試飲・・がありますが
何往復しても構わない・・とのお言葉がありました。

爪楊枝を2本器用に使って”つれあい”も試食・・・
私も社員のお姉さまに勧められ各種の梅酒を試飲しました。

私は気が弱いので「試食・試飲」させられたら95%は買ってしまいます。
念の為申しますが器量・年齢は無関係です
例え楢山節考に出てくるようなおバァサン販売員でもOKです。

人に良く思われたい/ ケチと思われたくない・・と言う・・
情けない根性・・・・・直りませんネ・・・・死ぬまでは・・

えっ?買わない残り5%はなんでか?ですって・・・
それは、説明員の態度や言葉が気に入らない場合です・・・
タマにいるんですよ・・お客をナめきったような販売員が・・・・

今回も「辛子梅」という商品が気に入り購入・・・
「黒糖梅酒」も美味しいので購入・・・

南紀は暖かいところと聞いていましたが、フトコロは寒くなるばかりです

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雨も降ってきましたが、白浜の市場も見て回りました
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”10年分の梅”も販売されていましたが購入した人はいないそうです
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いろいろなオブジェもあって楽しいところでした

高野山にも立ち寄りましたが
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雨の中、大塔の内部を見学させるのに
女性職員がぬれた階段の下で靴を脱げ!・・と・・・
そこで、もう少し融通をきかせてはどうか?と言い合いになりましたが
男性の僧侶が表れて、「最上階のところまで土足でOK」ですと・・・
その男性僧侶・・・役職者のようでした・・
女性職員はオニの形相で我々を睨んでいました。
(南無阿弥陀仏 合掌)
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融通の利かないのも時と場合によってはどうかと思いますがね・・
昔、高野山に行った時に御朱印を頂きましたが
今回も改めて書いてもらいました。・・・しかし・・・
昔はその筆力、字の力強さに感動しましたが
今回は、はっきり言ってヘタでした。
何処の寺も毛筆力は確実に落ちています。
今回は、期待していたのにがっかりでした!

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旅は色々な事を教えてくれます。
まだまだ、知らないことだらけ・・・次回の旅は、はたして・・・





紀州の旅・醤油と道成寺

 先日、紀州の旅に出かけました。
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途中のドライブインでは”つばめ”が子育ての真っ最中・・
2羽の親ツバメがひっきりなしにえさを与えていました。

紀州と言えば、昔は徳川吉宗・紀伊国屋文左衛門等プラスのイメージでしたが
近年は、”紀州のドンファン怪死事件””林真須美毒入りカレー事件”等・・
穏やかならぬ事件で世間を賑わせています。
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最初に金山寺味噌・醤油発祥の地と言われる湯浅町を訪ねました。
”ドンファン”の住まいは、ここから車で20分位のところにあるそうです。
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老舗のメーカー明治14年創業の「湯浅醤油」の工場見学をしました。
前庭にはしゃれたブランコのオブジェがあり建物の壁には
古い”きせる”等の民芸品のコレクションが飾ってありおしゃれな工場です
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大きな樽で醸造されている様子を見ましたが圧巻でした。
中国から伝わった金山寺味噌の醸造過程で野菜の水分が
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樽の上に溜まりとして出てきてこれを調味料として改良したのが
現在の醤油の起源とされています
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ここの「九曜むらさき」は
、金山寺のたまりを使用した唯一の醤油だそうです。

売店には、各種醤油・金山寺味噌の試食などもあり
何も買わないつもりだったのが、
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(魯山人}という名の製品を試食したところ
大変美味しい醤油だったので購入しました。
大豆と小麦は北海道の指定農家・塩は五島灘の天然塩・
水は高野山の湧水・杉樽での天然醸造で
毎年、魯山人の誕生日3/23 に
年号とシリアルナンバー入りで発売されるそうです

気難しい人物との評判の魯山人の顔写真を見ると
折角の醤油がマズクなりそうな気がしないでもありません
しかし、こんな高価な醤油は、普段ならまず購入しないと思いますが
気を大きくさせる「旅」とは恐ろしい?ものです。


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つぎに安珍と清姫の悲恋物語で有名な「道成寺」を訪ねました
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ここでは説法と称し和尚が絵巻物を使用して
”安珍と清姫”の物語を面白おかしく語ってくれます
(但し内部は撮影禁止です)

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安珍は白蛇に変身した清姫に追い詰められ
寺の鐘の中に隠れますが・・・・・

「昔も今も”カネ”の力に頼ろうとするのは人間の煩悩・・なんら変わらない」
等とダジャレを飛ばして和尚の熱弁が30分・・・・

本堂の中には、歌舞伎(娘道成寺)で使用される鐘がつるしてありました

しかし、この由緒ある、安珍が隠れたと言う道成寺の鐘も
天正年間に豊臣秀吉の家来により取り上げられ
京都・妙満寺にこの伝説に縁ある鐘が納められたそうです。
合戦の合図に使う陣鐘として使い、
その後は妙満寺の時の貫首・日殷大僧正によって
清姫の怨念が祓われ、音の美しい鐘として今に伝えられています。
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数奇な運命をたどったという鐘の元には、
芸道成就を願う人の足が絶えることがないといいます。
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道成寺でも、今更「鐘」を返せともいえないし・・
まるで、日本の寺から仏像を盗んで返さない
韓国の仏像泥棒を連想しました。(笑)
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(合掌)

開善寺の花・天竜下り・花桃の里

 開善寺は、信濃の国の名族である小笠原家の菩提寺です。
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山門は重要文化財となっています
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中に入ると右手に藤棚が・・・
御朱印帖も書いてもらえますが¥500です。
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庭園も美しく牡丹・つつじ等色々な花が咲いていました
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門を出ると地元のご婦人が草餅や野菜を売っていました
過去に、このような場所を
無事に通過することなど決してありませんでしたが
悪い予感が当たり
”つれあい”は早速自分の胃袋に草餅を押し込みました
一口お相伴にあずかりました美味しかったです
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裏には市松模様にしたてたちしゃ等の野菜畑が・・

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ここから少し走ると「天竜峡ライン下り」の乗り場があります。
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舟はエンジン付きで”舳と船尾”に船頭がひとりづつ・・
そしてガイドのおばちゃんが乗船します
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岩の説明やら歌やら・・・船頭の投網などもあります
川の途中には船の売店があり
船頭さんが売り子に早変わり・・
水・お茶など市価の2倍程度で販売しています

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i無人駅で有名な飯田線の電車が頭上を通過・・・
出発地点と到着地点には
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川幅いっぱいのこいのぼりが泳いでいました
又、間もなく完成する天竜峡大橋を真下から見る事も出来ます
これはリニア新幹線が出来る為新しい道路になるようです。
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船を下りて飯田線の無人駅 唐傘「」を散策・・・

そのあと食事も為「COCORO FARM VILLAGE」へ移動・・
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大変おしゃれなレストランでした。
サラダバーには多くの種類の地元の野菜が置いてあり
あれこれとって食べていたらお腹がいっぱいになり
メインの肉を残す羽目に・・・
貧乏人の悪いところが出てしまいました

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あと旧小笠原家書院(重文)を見学
ガイド役の89歳のご老人がとても説明上手で楽しめました
何でも著書もありアマゾンではプレミアムが付いた価格になっているとか・・

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敷地にはルーブル美術館別館などの設計を手掛けた
「妹島和世さん」設計の建物が資料館となっています。
出来た当初、前面ガラス張りのカーブ壁面は
大変珍しいものだったそうです

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このあと日本一と言われる月川の花桃の里に行きました
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見どころは過ぎていましたがそれでも大勢の人で賑わっていました
個人的な感想ですが・・何か今一つ物足りない印象でした
期待が大きすぎたのかもしれませんが・・
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今回の”南信州観光公社”の旅・
食事・見学場所・案内人・・ホテル・・満足でした。

又、興味のある企画があれば参加したいと思いました

大鹿歌舞伎 春の定期公演(村制130周年記念)

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 この連休に以前から行きたいと思っていた
国重要民俗文化財”大鹿歌舞伎”を見に行きました

以前、利用した「南信州観光公社」主催のツアーです。
昨年秋に「南信州獅子舞フェステバル鑑賞ツアー」で利用しましたが
公社の方が大変親切で中身の濃いツアーだったので
好印象を持てたのも決め手です
公社は、南信州に特化した旅をいろいろ企画していますが
今回は「大鹿歌舞伎鑑賞と日本一の花桃の里」を訪ねるツアーです。

7:20に名古屋駅をバスで出発・・途中神坂SAで休憩し
松川IC~10:20道の駅「歌舞伎の里大鹿」に到着・休憩・・
ここでは大鹿村に移住したの方も結構いて
”ブルーベリークレープ”や「ポテトチップス」等の屋台を開いて
販売をしていました。
皆様のお話では、大変住みやすい所だと伺いました。

私が大鹿村に来るのは二度目です。
最初は小渋温泉「赤石荘」の温泉が目的の一つで・・・
遠山郷から大鹿村~信州小淵沢~・・キャンプしながらの旅でした
もう大分以前のことです。
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11時過ぎに大碩神社に到着・・
神社には大勢の人が集まっていましたが
場所取りには、朝4時から来ている人がいるそうです。
私達は前列から6番目くらいの真ん中の席でザブトンも敷いてありました。
なんだか村民の皆様に申し訳ないような気持ちです

「歌舞伎弁当」と言うのも用意してあって
これが地元の食材を多用し大変美味しかったです

そうこうしているうちに12時の開演となりました
村長の挨拶や”ミスさくら”の可愛いお嬢さんのとーく・・
地元の高校生の歌舞伎に関する話などあって開幕となりました

出し物は「本朝廿四孝 十種香の段」(ほんちよう にじゅうしこう・・)
あらすじは・・
時は戦国時代、
長尾家が借りた「武田の諏訪法性の兜」を返さないことから
武田信玄と上杉家が対立
良家和解の為、謙信の娘八重垣姫と、信玄の子勝頼が婚約・・
しかし時の将軍、足利義晴が殺され、両家に疑いが・・
犯人が見つからなければ勝頼は切腹と・・命が・・
その結果犯人は見つからず勝頼は切腹(実は身代わり)
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本物の謙信は花つくりとして長尾家へもぐりこみます
そこで八重垣姫とからみもあり、上手く行ったかに見えたが
本当は謙信に正体を見破られ・・・・身代わりの恋人腰元”濡衣”など
登場して複雑な展開となって・・・

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もう一つは「鎌倉三代記 三浦別れの段」
ヒロイン時姫は敵方の武将、三浦の助の元に嫁ぎ
病身の義母の世話をしています
そこへ戦場から三浦が帰ってきます
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時姫を奪い返そうと北条方のスパイも登場・・
いろいろあって・・・
三浦が「本当に自分の事を思うなら、親父さん(北条時政)を殺してくれ・・
さぁ親に付くのか、夫に付くのか・・」と迫り・・・

軍師、佐々木高綱も登場・・・
最後には時政を討つべく三人で鎌倉に向かうのだった・・
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途中、役者が見栄を切るたびに
「たくさんのおひねり」が飛び盛り上がりました。
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役者たちは大鹿村の皆さんでしたが衣装も化粧も
小道具・大道具も本格的で楽しめました!

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秋まつりにも、違う神社で歌舞伎が開催されます

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又、「柳 土情さんの切り絵の作品展」が開催されていましたが
素晴らしいの一言です。神奈川県からの移住者でもある柳さんは、
大鹿村の風景を主に切り絵で表現されています。
現在86歳ですが会場にも座っていらっしゃいました。
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切り絵の作品を見ることが出来、これだけでも大鹿村に来た甲斐がありました





聖徳記念絵画館(明治天皇の・・)

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 聖徳記念絵画館は
現在建設中の新国立競技場の近くにあります。

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明治天皇の生涯を描いた絵画が展示してありますが
これは絵1枚、1枚寄贈した人とと画家が違うのが特徴です。
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有名な日本画家の名前が並んでいますが
絵そのものは、感動?とまでは至りませんでした
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いうなれば、釈迦の生涯を絵で表したものがありますが
発想は良く似たものだと思います。
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年号も「明治・大正・昭和・平成・令和」と変わり
世の中も変わりました。
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この建物も、多くの勤労奉仕があって建てられたものだそうですが
訪れる人も少なく時代を感じました。

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最後に明治神宮に参拝し今回の旅も終わりました。
東京には外国人観光客が大勢きていましたが
街は清潔で緑も結構あって見どころの多いところでした。

皇居宮殿参観・・宮内庁職員に逆らうな!

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 ホテルニューオータニの庭園は素晴らしいです
朝、少し歩いてノンビリしました

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 皇居は言わずと知れた江戸時代に
徳川歴代将軍が居城としてきたところです
明治天皇が千数百年間、天皇が住んでいた京都から
ここにお住まいを移されたと言う歴史があります。

皇居宮殿の見学は、場合によっては
写真つき身分証明書が必要な場合があるそうです。
人相・風体のよろしくない奴と宮内庁の警備員が認定?すると
そのような要求をされる場合があるそうです。
「アナタは目つきが鋭いから充分注意してね!」
散々おどかされて”北桔橋門”から中に入りました。
まず窓明館という所に見学者が集められます

そこで隣にある売店の紹介がされ・・・
内部案内VER放映までの空いている時間に
買い物がある人は買うように言われました
菊の御紋入りのボールペン(¥200)等が人気らしいのですが
飛ぶように売れていきます。
狭いところにどっと人が入り込み大変な賑わいでした。

かみさんも負けじとばかり怒涛の勢いでもぐりこみ・・・
手にして戻ってきたのは”大きなコインチョコれーと・・・”

「これならボランティアに行って皆さんに見て頂けるヨネ・・」

物見遊山でもハーモニカボランティアの事を忘れない
妻の立派な心がけを心より尊敬しました・・(そんな訳ないか!)笑
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フギュアも展示してあります

とにかく、そこでビデオを見てから案内人に従って内部の見学です
まず最初に外国人の方々より出発します。
次いでに日本人の番です。

なお、皇居は一般社会の利害関係とは無縁!との建前から
◎○ツアー・XX旅行社・・等のパンフ・バッチをすべて外します。
そして架空の団体名・・・を名乗るわけです。
たとえば「すみれ会」等と名をつけて初めて見学が許されるのです。
我々の団体はトラピックスツアーではなく
善良な「すみれ会」の会員の集まりと変身するわけです。

トラピックスの安倍さん・・なんて・・絶対言ってはイケナイ!と言われました。

宮内庁の職員の言う事は絶対!!!です。
もし、逆らえば即退去・・となります。
指定された見学道路をはみ出そうものなら怒鳴りつけられるそうです
日頃、小生に逆らってばかりいる連れ合いも
今日は妙におとなしく借りてきたネコのようでした
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江戸城の石垣に刻まれた工事を受け持った各藩の紋所を見て
無理難題に泣いた外様大名たちの苦労をしのびました。

旧枢密院庁舎・富士見櫓・宮内庁庁舎等をみながら
宮殿東庭を抜けて「宮殿」にさしかかります。
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TV等で天皇ご一家が一般参賀で勢ぞろいされる場所です。
TVで見ると随分高い場所からの拝謁のように見えますが
実際の場所は、建物で言えば2階・・約3m余くらいの場所から
お手を振られているのが分かりました
映像とは虚像ナリ・・・・改めてそう思いました
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そこから歩いて正面鉄橋を見学・スズランの街燈が印象的です
そこからお馴染みの伏見矢倉や中から見た二重橋も見えます。
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昔は技術がないので、下に橋を作りさらにその上に橋を乗せて
二重になっていたので二重橋と言ったそうです。

こうやって皇居を見学・・・
食事後の自由時間に、かなりの距離がありましたが
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皇居外苑に回り楠木正成像を見て
私一人だけ外からの二重橋を見に行きました
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私は、貧乏で修学旅行にも行けませんでしたので
70余年の生涯で現物をこの目でみるのは初めてです。
ありがたや!ありがたや!・・・

”これが・・これが二重橋・・記念の写真をとりましょね!”
島倉千代子さんの「東京だよおっかさん」のメロディが浮かんできます

健康で旅が出来る事が本当にありがたいと思いました。

近くにいた東洋人に頼みました・・
「エクスキューズミー うっじゅーフオト・・」
「良いですよ!」 ・・・ 何?日本人じゃないか・・
まわりは、外国人ばかりと思ったアタシがわるうございました。

年寄り殺すにゃ刃物はいらぬ・・豊洲の市場に連れて行け! &靖国神社

 話題の新スポットということで豊洲新市場に行きました。
これが予想以上に年寄りには大変なところでした。
バスが止められないということで”ゆりかもめ駅”一区間前で下車・
あとは延々と歩きます。
建物の入り口に入るまで、高齢者の群れはヒイヒイ・ゼイゼイ・・
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やっとたどり着いた建物の中に入ると
今まで捕れたマグロで一番大きかったという見本が
ロビーに飾ってありました。
なんでも枕崎で捕れたものだそうです。

そこから2Fの渡り廊下を延々と歩き・・
セリの会場をみましたが、セリは終了していて
緑の塗料を塗った床の一部分を見ただけ・・・・
なぜ床が緑かと言うと・・マグロのシッポを切った時に
肉の色が見やすいように・・との説明がありました。

ここから又、回廊を延々と引き返して歩きます・・
今度は別棟の「仲卸」の店が並んでいる所の見学?とのことでしたが
2階の見学通路からは店の中はもちろん見えません。
狭い通路を挟んで卸しの店がある・・ということだけ分かりました
これは見学する価値もないものです

又、建物の中に入っている飲食店は値段が高く
にぎりなど一貫2500円もとるところがあるのでご注意ください・と
案内人が言っていましたが・・ひどいものです。

赤いコートに身を包んだ比較的高齢な女性案内人・・・
競歩の選手かと見まごうばかりの早足で飛ぶように歩きます。

「案内人さん・・アンタ~・・・エトは”ダチョウ”かね??」

喉まででかかった質問を理性で抑え込んでモクモクと歩きます。

私はともかく連れ合いはじめ、じぃさん・ばぁさん・・ヘトヘトです。
何も見どころの無い市場を案内するなら
せめて屋上の展望台を見せるべきだと思いました。
とにかく何ンも見どころの無いヒドイ所でした

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そのあと気を取り直して靖国神社に参拝・・・
扉の「菊の御紋」が印象的なところでした。
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別の展示館には、飛行機やSL・迫撃砲なども展示してありました。

歴代の総理が
中国や韓国にボロクソに云われながら
参拝する通路がありますが
¥2000支払えばそこを通って我々も特別参拝することが出来ます。

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こうして悪夢のような「豊洲市場」見学の疲れをいやすべく
葛飾柴又のうなぎ店「柴又」にて夕食・・・
名古屋でも、たまに食べているのですが・・
このうな重・・・・
鰻のやせていること・・・イヤ!文句は言いますまい!
貴重なウナギを食するだけヨシとしましょう。

近くの帝釈天では・・・
映画のテーマ曲、”男はつらいよ”のイントロ部分が
エンドレスで流されていましたが・・寅あにぃ・・・
延々と聞かされる方もツライよ!・・・ホント!

こんやの宿は「ホテルニューオータニ」・・・
一かいの相撲取りからこんな大きなホテルを作った大谷米太郎翁・・・
途中で資金がショートしていろいろご苦労があったと聞いていますが
それでも、通路の目立たないところに胸像が飾ってありました。
ほとんど気が付く人もいないようでしたが・・・・

迎賓館赤坂離宮・~築地場外市場

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部屋から見る景色も館内の調度品も素晴らしいものばかりです
10時00分に帝国ホテルを出発し迎賓館に向かいました・・
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ここはかって紀州徳川家江戸中屋敷跡でしたが
明治42年(1909)に東宮御所として建てられました

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日本における唯一のネオバロック様式の建築物です
明治時代の建築家”片山東熊”の総指揮で
当時の一流建築家・美術工芸家が総力を結集して建設・・・・
華麗なる美の殿堂・・と言われています。
昭和49年に村野藤吾の設計で108億円をかけて改築され
現在は重要な国際会議の舞台として使用されています
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入場券は「羽衣の間」の写真が使用されています
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「羽衣の間」天井の絵はフランス人画家の作品・・・
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壁には七宝焼きの天才”涛川惣助”の作品が並んでいました

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「花鳥の間の食器棚」両サイドの鏡にジャンデリアが映り奥行きを
深く見せています

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「正面大ホールと大広間」
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「兜とサーベル」を組み合わせた飾り

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建物の裏側には噴水が・・・

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約1時間半の見学時間でした。
この門に似た形は、長野県四賀村にあった
「養老乃瀧社長 木下藤吉郎氏邸」でも見たのを思い出しました

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昼食は築地場外市場で食べました
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まぐろの初競りで有名な「すしざんまい」の店も数店あります
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すしざんまいが混んでいたので「築地虎杖」で海鮮丼を・・
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海産物やら卵焼きや、豆専門の店・刃物専門店と見どころがいっぱいでした

武蔵野御陵と旧岩崎久彌邸の見学

 今回はトラピックスのツアーに参加してみました。
名古屋からこだまに乗ってJR小田原駅に到着・・・・
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駅には美味しそうな駅弁がいっぱい!!
小田原は魅力的な街に見えてくる

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駅前には、北条早雲の像があった。
バスで早川漁港まで移動して昼食・・左手には小田原城が見えた。
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海鮮丼を食べるが内容の割に安いと感じた

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魚市場の中を歩いていると地元の男性が声を掛けてきた
市場のセリは終了しているが珍しいものを見せてくれると言う

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ついて行くと「大きなヒラメ」や「ヤリイカの卵」を見せてくれた
なんでもヤリイカは自分の身の危険を感じると
その場に卵を産み付けると言う・・・
卵はかえることはナイと言うが・・・
ヤリイカに同情・・少し寂しい思いがした

ここから厚木道路から八王子JCを経由して多摩に到着・・

武蔵野御陵を見学した
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此処には大正天皇ご夫妻と

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昭和天皇ご夫妻の御陵がある。

御陵の前には鳥居があって誰の墳墓か分かるように表示があった
小高いところには警備員が常駐しているようだ

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ここから都内の上野不忍池の傍にある「旧岩崎邸」を見学
英国人ジョサイア・コンドル設計による建物は
明治29年(1896)に建てられたもので現在は重要文化財となっている

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まず洋館入り口から入り2階の部屋を見学
壁には金唐革紙の壁紙が貼られた部屋がある
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この貴重な日本独特な金唐革紙は、
小樽の日本郵船小樽支店でも見たことを思いだした

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又、見事な貝合わせ等を収納する箱なども見学

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カントリーハウスのイメージの天井や列柱のベランダ

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1階の柱は、トスカナ式と言う方式の彫刻が見事だった

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庭には我が家の玄関より大きい踏み石が・・・

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離れは「撞球室」となっていて明治には珍しいスイスの山小屋風に
なっている。又地下通路があり本館とつながっている、

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おしゃれな外観に別れを告げて
浅草ビューホテルでステーキの夕食・・・
それから宿泊先の帝国ホテルへ向かう。
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帝国ホテルは本当に素晴らしい!
部屋・備品・スタッフ・・いづれも一級だと感じた
アメニティ備品も資生堂の物を使用・・
どれにも封印がしてあって新品だと一目で分かるし
浴室は洗い場もありシャワーもその場で使用可能だった
しかも水漏れを外部に出さぬように工夫されていて素晴らしい!
今まで世界中色々なホテルに宿泊したが一番気に入った。
我々貧乏人にも笑顔で気持ちの良い応対・・・
過去色々な有名旅館での露骨な差別的な応対を受けたことがウソのようだ
ベットもきしみもなく、枕もとには”1枚のパネル”で照明やコールまで
すべてで管理できるようになっていて大変便利だった!
朝食はいろいろ選択可能だが、「なだ万」に行ってみた
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価格はサービス料が10%加算されるが
落ち着いて食べられるのでバイキングよりいいかも知れない・・
帝国ホテルは本当に素晴らしかった!!

南信州獅子舞フェステバル 2018

 
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飯田市で開催されている「獅子舞フェステバル」に行きました
南信州の獅子は地域によって違い
多くの獅子が保存・伝承されています

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黑獅子の上には女の子と男の子が一人づつ乗って太鼓をたたきます
下では若い女性が太鼓をたたいています
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この獅子たちは”屋台獅子”とよばれ
幅3m/高さ4m/長さが15mでバスと同じくらいの籠の中に
笛・太鼓・鐘等のお囃子が入っていて頭を振りながら
勇壮に練り歩きます

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又、全国でも珍しい「虎舞」もありました。
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今年から子虎も登場・・子供たちが4人で踊ります

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狐が2匹護衛についています

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暴れ獅子は素早い動きで観客を魅了しました

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最大の大きさの頭の獅子は、希望者の頭を噛んで
厄払いをしてくれます

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子供たちもたくさん参加しているのが印象的でした

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2人で踊る獅子舞の中は・・なんと女性で驚きました
アクロバット的な舞は大変激しいものでしたから・・

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又、オカメのお面を被った女性が
1本¥200で花飾りの販売もしています

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昼食は、リンゴ並木の近くにある「ひらのや」さんでとりました


飯田市の方々は、大変良い方ばかりでした
観光ガイドの方が「名古屋から来たお客さんです
開けて下さい・・どうぞこの場所がいいですから・・」と
案内して下さいましたが
地元の方はイヤな顔をせず場所を開けて下さって
申し訳ないくらいでした。

私は、写真が目的ではないので積極的には
ベストポジョンをとりませんでしたが
それでも楽しく拝見できました

南信州観光公社の方や飯田市観光協会の方には
大変親切にして頂き感謝しています

時折「南信州観光公社主催で地元に密着した旅を
企画していただけるようですので
時間が合えば、又参加したいと思います
例えば「大鹿村歌舞伎や鬼まつり・遠山郷」の案内などの
ツアーの企画がありますが一味違った魅力的な旅ばかりです

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最後に「りんご狩り」をして帰宅・・

日帰りでしたが充実した小さな旅でした
 

南エチオピア チャモ湖/ドルゼ族

 エチオピア3番目に大きな湖チャモ湖をクルーズにデカケマシタ
水深は約10m・琵琶湖の3分の2くらいの大きさです

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たくさんの魚が生息しています
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カバもいました。耳をピクピクさせて泳いでいましたが
動物園で見るカバとは勢いが違います
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ペリカンの群れの側では漁師が魚を採っています
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ワニは小さな小島にいましたがとてつもなく大きくて
迫力満点でした。

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ドルゼ族の村はエンセーテ(にせバナナ)の葉と竹でできていて
高さが9mあり象の顔に似せて作られています
下の方からシロアリに食べられるので段々低くなって
最後はキッチンや倉庫として使用されるそうです。
ドルゼの意味は”編む人”の事だと聞きましたが
竹でも繊維でも編むのが上手な部族だそうです
私も色鮮やかな帽子を手に入れました
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家の中は家畜も一緒に暮らしています
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コーヒーを振る舞ってもらいました
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入れてくれた奥さんはまるで絵画のような横顔・・
電気が無いので陰影で美しく感じます
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ドルゼ族のお嫁さんの必須の技は・・・
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綿花からの糸紡ぎ・・・
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ニセバナナの繊維ををこそいでのコチョつくり
3か月発酵させて焼いて地酒のハレケと一緒に食べます
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ヨーヨーヨーの掛け声とともに飲んでバクテリアを殺し
胃の中を活性化させます。
試食・試飲しましたが私の口に合いました

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そのあと踊りを見せてくれました


マーケットにも行きましたが
頼みもしないのに一人の男性がついてきて
アレコレ世話を焼いてくれました
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現地の床屋の中を写しました
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ニワトリを持った少年とパチリ!・・・
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綿花や野菜を売るおばさんたち・・・
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水タバコを売っているおばあさんのところでは
お前も吸ってみろと半強制的に?隣に座らされて・・・
黒山の人だかり・・・ クラクラしました(^^)/

物々交換が主なので・・
ボールペン1本tとユーカリの実のネックレスを交換・・
Tシャツも欲しがりましたが手元になかったので残念・・・

押し掛け案内してくれたドルゼ族の男性のお蔭で
面白い思いもしましたのでお礼に5ドル渡したところ
その喜びようは半端ではなく・・
5ドルは想像以上の大金だったようです

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レストランでエチオピア民謡と踊りも見ましたが素朴なものでした
楽器は太鼓が主で簡単な弦楽器・笛のみの演奏でした
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エチオピアは面白い!
機会があればもう行きたいです。
(南エチオピアの旅編 終)


南エチオピア秘境の民族 アリ族の村とコンソ族

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 人口が約28万人だと言われている「アリ族」の村を訪ねました。
今までの部族と違い定住して90%が農業で服も来ています

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陶磁器つくりの見学
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砂岩と他の粘土を混ぜ手でこねて造作・・天日で乾かして焼きます
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インジェラつくり
テフを粉にして水を加え発酵させて水で溶いたものを
鉄板の上で平たく伸ばして焼きます
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この釜の蓋は竹で編んだものに牛糞を塗り固めてあります
焼き上がった物を勧められ・・食べましたがマァマァの味でした
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蒸留酒(アラク)つくり
麦やホップを発酵させた液を釜で煮て蒸留させます
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ビールや焼酎つくりの原理と一緒です。
ただ設備?が原始的で汚いだけです。
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アルコール度数は40度・・・
飲んでみましたが美味しかったです。

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鍛冶屋もありました。ナイフや農機具・皮の裾につける
アクセサリーの鈴のようなものを作っていました

次いで「ツェマイ族」の村を訪問・・
オモ川流域に暮らす小規模な民族です。
主要道路に近いせいか洋服を着ている人達が多いです
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特徴は顔に刺青を入れる事、
首周りには貝殻をあしらった動物の毛皮の肩掛け
革製の長いスカートなどです
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背の高いお兄ちゃんに御姫様だっこしてもらった
日本のおばぁちやん・・・嬉しそうでした

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移動の途中でコンソ族の段々畑を見ましたが
その時寄ってきた女性・・・袋物を上げたら喜んでいました
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コンソ族の村にも行きました
4つの村には9の氏族がいて村には王様のようなリーダーがいます
そのリーダーが亡くなると9年9か月9日9時間後に
正式な葬儀が行われるそうです
氏族と村は家族のようなもので同じ氏族との結婚は禁じられているそうです
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標高1700m以上の高地に石垣で守られた家は木とわらできています
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村の集会所は12歳以上の未婚の男性と
妻の出産後3か月間の夫が寝泊まりするところで
婚前交渉はご法度となっていて防止策とか・・
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織物を織るのは男性の役目
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18年ごとに世代交代が行われそのつど
新しい木を足して行き村のシンボルとなっている
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子供たちが売っているお土産品は素朴なものです
バルサ材のような軽いもので工夫して作った作品は
くるくる回る紙芝居?・・表にはメイドインコンサ・SONYTVと書かれています
中の絵は「動物が多くオバマ夫妻の絵も描いてありました。
一つ購入しました。
又、同じ材料でトヨタのランクルの模型もありました
日本の商品の評価は高いようです。

南エチオピア 危険な部族ムルシ族/ジンカのマーケット

 東京都と同じくらいの広さのあるマド国立公園の中に
「ムルシ族」が住んでいる
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昔は象やキリンもいたらしいが干ばつの影響で
南下してケニアの方に行ってしまったらしい
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ロッジから悪路を2時間位走って行くのだが
部落が近づいてくると道端にペイントした子供たちが立っている。
観光客に写真を撮らせてなにがしかを得ようと言う事だ
小さい子は「カラメル・・・」と言ってくることが多い
キャンデイやチョコのような甘いものを欲しがるのだが
ガイドから後々の事を考えると絶対やってはイケナイ!と言われた
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最後の裸族と呼ばれている「ムルシ族」は
人口約7500人・・・半遊牧民で牧畜も行っている
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1930年代にスーダンやアラブから奴隷商人が来て
女性をさらっていくのでわざと美しくないように
唇に”皿”をはめ込む風習が定着・・・
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男たちは、今でも手にスティクと呼ばれる
槍のようなものを持っている。
財力の無い男性が妻をもらおうとしたら、
この槍のようなスティックで競技で戦い優勝したら
お目当ての女性と結婚できる決まりがあるらしい。

勇気ある日本の若者たち・・・・
「こんなところ日本人」・・・ムルシ族の女性に恋した青年!!!
こんな見出しの当人になってみませんか?案外・・彼女達優しいかも・・・・
オレ?ですか・・ダメです。トシだし・・・
”人の素”を使い果たしでおりますのでご勘弁して下さい
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案内のドライバーに「一番デンジャラスな民族は?」と聞くと
どのドライバーも「ムルシ」と答えた。
本当は戦闘的で怖いらしい・・・
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しゃべりすぎる女房をお持ちの善良な日本のお父さんたち・・
奥さんをこの村に連れてきて「口に皿をはめてもらう」と良いかもしれない
皿がはまっていると”しゃべれない・食べれない”結構ずくめだ。
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ムルシの女たちは、したたかだ小屋の中から顔を出した老婆・・・
プレートをはめてないじゃないか!と言うと
慌てて口に皿を咥えた・・手を抜いているのだ。
更に年寄り程、図々しく相場の2倍の写真代を請求してくる・・・
部落では老人は大切にされているからだろうか。
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我々夫婦はボランテァで色々なところに行くので「皿」を購入した
それまで物など売る気配もなかったのだが・・
皆が一斉に、これも買え・あれも買え・わたしのも買ってちょうだい!
いっぺんに賑やかになってしまった。

サバンナで拾ってきたワラで作られた家は
半年くらいで移動する際に燃やしてしまうのだそうだ。

しかし文明はここまで及んで
男の中には「ガラケー」を持っている者がいて驚いた。
ドライバーに「充電してくれ」と頼む者がいた。
電気もガスも無いのに何に使うのかと思ったら
音楽などを聴くために持っているらしい・・・
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大勢のムルシが「私を写せ・こっちも撮ってくれ・・」と騒がしい!

ムルシの若い衆も
女性は”おっぱい”子供は”フルチン”を出して頑張っている?ので・・・
えーい面倒くさい。みんな並べぇええ~・・パチリ!
ここでも散財・・・・ 遠くからの女房の眼がムルシ族より恐ろしい!

ナァニ・・・女房が購入するTVシッピングの
”毒にも薬にならない?「健康食品・グッズ・化粧品」”の類に比べれば
赤ん坊の小遣い程度です・・
文句は言わせないぞ!!・・と心の中で叫んだのでした!!!

メシを食うところがないので又、2時間かけてロッジに戻り昼食・・
とにかく店と言うものが見当たらず・・皆無状態・・・

午後からはジンカの町の野外マーケットに出かけました
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ジャガイモや玉ねぎは一山日本円で¥40・程度
主食のインジェラは1枚¥20・(これ1枚で1日分)
別名”雑巾”・・煮締めた雑巾のような色をしている。
味はワッフルの酸っぱいような味でカレーに着けて食べると
なかなか行ける味でした。かみさんはイヤがっていましたが・・
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ジュース売りの男の子は、目が可愛くておばちゃん達にも人気!
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色々な物がならんでいるが・・・空のペットボトル1本日本円で¥5円
モリンガ等野菜が多く見受けられた・・
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女の子を写真に撮ったので小遣いを渡したら
遠くで見ていたらしい父親が来て取り上げてしまった。
姉妹のしょげようといっら・・可哀そうでした・・・

心が優しく老若を問わず女性に優しいボクは・・・・
ふとどきなオヤジが見ていないのを厳重に確認して
改めて女の子達に小銭を渡しました。その喜びようといったら・・・

ランクルで市場を後にしようとしたら走ってきて
見えなくなるまで手を振ってくれました。
アフリカまで来て久しぶりに女性?から感謝されたようです。(^^)/

南エチオピア秘境の部族/カロ族

 乾季と雨季がはっきりと分かれているエチオピアは
乾季の時期は川も干上がり水の確保が大変なようだ。
女・子供が黄色い小さなポリタンクを持って道路を歩いている。
延々と歩いている・・・・一体家はどこにあるのだろう?と思うくらい
何もない道路に沿って水のあるところまで歩いている。

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そんな中、道路で停車した際にハマル族とみられる子供を背負った女性が
「水」が欲しいとジェスチャーで我々に訴えた。
みれば若い第2夫人・・・・気の毒になってペットボトルを1本やった。
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途中、アリ塚をたくさん見ることが出来た。
これが出来るまで50年くらいかかっていると言う
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このアリ塚ロードを走りロッジから2時間かかって「カロ族」の村に到着。
カロ=魚の人の意味があると言う
部落の下にはエチオピアを代表する「オモ川」が流れている
この流域は西欧諸国の陰や中欧政府の手も入りにくく
各部族が独自の文化を保ち暮らしている。
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カロ族もその一つで総人口約1500人の少数部族だそうだ。
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オモ川の流域では多くの原人や猿人の化石が見つかっている

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男性は全身に、女性は顔に土と水と油を混ぜた白い液でペイントしている。
未婚の女性は前と後ろだけを覆う布を捲いている。
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子供たちは陽気で可愛い。目が優しいのが印象的だった
ただ成人男女は下唇に穴をあけて針や釘・花などの装飾をしている者もいた。

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<部落の居住区まで案内してくれた少年はヤギを抱いている
牛とヤギ・ロバは大切な財産だ。

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写真を撮るとなにがしかのチップを渡さなければいけないのだが
少額な金額を惜しむよりどんどん渡して撮影した方が気分が良いと思った。
おーいぃい・みんな来ぉおお~い。一緒に写真を撮ろうぜ!!パチリ

次にハマル族のマーケットに向かった
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丁度ガイドの友人の第1婦人の奥さんがいたので一緒にパチリ!
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木彫りや土器・アクセサリー等色々並べて売っていた
ちなみに30ドルの言い値のムルシ族の木彫りが最後には12ドルとなった・・
かなり値段交渉の余地はありそうだ。

南エチオピア秘境 エルボレ族・ハマル族(ブル・ジャンピング)

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 大地溝帯をのぞむロッジの朝の風景・・・
チャモ湖が白く見えます・・
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移動の途中で見た「バブーンの群れ」
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木には蜂蜜を採取する籠が取り付けてありました
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道端には、杭に「肉」を刺してありましたが売るのでしょう
干上がった田で丁度、牛をト殺、解体しているのを見ました

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道路は未舗装ですが、ところどころで子供の物売りがいます

エルボレ族のクラマ村(人口約500人)
エル=牛 / ボレ=大地 を意味します

牧畜を主として生業にする調和を大切にする民族です
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家はパピルスでできています
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民族衣装は「黒」を基調としていて鮮やかなビースのアクセサリー
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未婚の女性は頭を剃っていて動物の皮のスカートをはいています
肌がとてもきれいでビックリしました。
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ついで悪路を走り「ハマル族」のいるところに向かいました
今日は成人の儀式があるとかで急遽その場所を探して向かいました
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細い道を走り藪の中に車を止めて、15分位歩くと広場があって
ハマル族の人々がいました
「ブル・ジャンピング」が行われようとしていました

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女性たちによる歌と踊りチャルメラを吹いて
牛を整列させようと躍起になりますが
牛はなかなかいう事を聞きません。
他人の言う事に耳を貸さない、まるで自分の妻を見ているようでした
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もうもうたる土埃の中待つこと数十分・・・
ようやく数頭の牛が並びました・・・
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素っ裸の若者が牛の上を飛んでいきます!
何人かの女性の背中には痛々しい傷が見られましたが
これは花嫁候補の女性たちが男性に鞭を渡し
”自らの忠誠と献身を表す儀式の痕」と言う事でした
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少年は数回無事に牛の上を飛ぶことが出来て
晴れて成人と認められました。
貴重な儀式を偶然見ることが出来たのは幸運でした

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このあと別のハマル族の村に行きました
人口約250人・・・
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女性の特徴として赤土にバターを混ぜたオカを髪に塗っています
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既婚未婚は首輪で判断しますが、
第一夫人は突起の付いた太い首輪とアクセサリーと首輪
第2夫人以降は二重の首輪をしています。
顔はどこかアジア系の感じがします。

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未婚の女性はビーズのアクセサリーをしています
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子供たちが元気で可愛かったです

南エチオピア秘境の民族を訪ねる旅 出発

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 成田空港から香港経由でエチオピア航空で17時間・・・
今回は以前大韓航空でもらった”スリッパ”を機内で使用したら
すぐ破れてしまいました。・・・ ケチったらいかん!
そこで新兵器・・・今回購入した足のハンモック・・・これは優れものでした
テーブルに紐を掛けて使用しましたが乗せてヨシ・伸ばしてヨシ!
疲れが半減しエコノミーながら機内でラクラクと過ごすことが出来ました。

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アジスアババ・ボレ国際空港に到着・ 
”新しい花”と言う意味のアジスアババ・・・日本ではアジスアベバというが
現地の人に聞くとアジスアババが正しいと言う・・
確かに現地表記でも”ababa"となっています。

到着後市内見物に出かけました。
まず「エントット山」と言う見晴らしの良い高台に向かいました。
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市内は建築ラッシュで中国の建築会社の看板が多い印象ですが
足場は恐ろしく旧式で50年前の台湾で見た風景を思い出します。

エントット山は標高3000m・・1891年にメネリク2世が教会をたて
ここからアジスアババが始まったと言われています
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草や木はトゲが出ていて見たことのない種類が多く
動物に食べられないように進化したのだと推測しましたが
女房の言葉のトゲに比べれば大したことはありません・・!
この山のユーカリの木は建材や燃料として人々の生活に密着して
無くてはならない森になっています
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人やロバが背負って薪を市場に売りに行く光景を見ることが出来ます
主に女性ですが、日本はいつからラクラクお姉さんが多くなったのでしょう
楽なことは好い事です。ありがたい事ですが戦後の混乱期の苦労を思い出します
今や”ヨイトマケ”は死語化しつつあります。
それだけ現在の日本人は恵まれていると言う事です
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次に国立博物館に行きました
庭には石像がたくさんありましたがその中になぜか・・
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メキシコのオルメカ文明時代の石像に極似した物もありました

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ここの一番の目玉は「ルーシー」と呼ばれる人骨です。
1974年に発見された約330万年前の猿人の骨・・・・
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発見時ビートルズの「ルーシーインザスカイ」の曲が流れていたので
ルーシーと名付けられたと聞きました。

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最後の皇帝「ハイレ・セラシエ」の玉座も展示してありました
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王冠などもありましたが照明が悪いせいかくすんで見えます
どんな権力者でも永遠と言う事はありません
今、世界の強欲な権力者達・これからの歴史の中でどう埋もれていくのか・・・ 
500年後の世界を覗いて見たいものです

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この隣の「LUSY」というレストランで昼食・・
庭には大きなカメがいました
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アンボ水という炭酸水が思いのほか食事にあいました。

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14:30 国内便でアルバミンチに向かいます
この”ボンバルディア”の機体は思いのほか快適で
客室乗務員も国際線より愛嬌の良い可愛いお嬢さん達でした
液体も持ち込みOKでしたがユルーイ検査でも
時折異常な厳しさでスーツケースを開けられて荷物をひっくり返され
持ち主が戸惑っている姿が気の毒でした

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アルバミンチ空港には15:25に到着
ローカルな雰囲気でジャカランタの花も咲いていて気分はサイコーです

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大地溝帯の中にあるロッジで宿泊・・(アルバ=40の ミンチ=泉) の意
雰囲気の良いロッジで心配した虫もいないのが意外でした
今回の秘境に暮らす民族探訪の拠点となったところです。

パプアニューギニアの市場の風景

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 パプアニューギニアの人々はノンビリしています
食べる物は「植物系」がほとんどです
市場で売っている者も野菜・果物が多いです

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落花生が多いのに驚きました
しかし人参もそうですが”縛り方”が独特で
見て回るだけで楽しくなりました。

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写真を撮っても何も言わないし怒りも金の請求もありません。
拍子抜けしましたが、やはり気は遣いました。

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車は中古の日本車が90%を占めていますが
その中でもトヨタ車は70%くらいの割合で走っています
タヒチもそうですが南国は、なぜかノンビリできます。
機会があれば「ボツアナ」にも行ってみようかと思います
パプアニューギニアの旅・・・やはり行ってよかったです・・・・・

パプアニューギニアの泥人間(マッドマン)の踊り

 
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宿泊ホテルの庭には見たことのない花が咲いていて

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従業員もフレンドリーで居心地の良いところでした

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飛行機の乗り換えで昼食のために立ちよった
ポートモレスビーの「エアポート・ホテル」は、おしゃれなホテルです
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警備も厳重でエレベーターに乗るには
各階で必ず職員の認証カードが必要となります。
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料理も寿司・刺身もあり素晴らしいところでした。
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ここからプロペラ機でゴロカに向かいました

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ゴロカから標高2,500mのタウロ峠で休憩・・・
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現地の住居や珍しい植物を見ました
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人々が集まってきましたが”ビルム”と呼ばれる袋の中に
赤ちゃんが入っていて眠っていました

パプアでは、子供は自由にやり取りできるそうです
「あなた、子供はいらんかね。譲るよ」と知人から
声を掛けられた事もあるとガイドさんも言っていました。
貧乏なので育てられないと思ったら誰かに頼むのだそうです

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キミサベ村に到着・・・
村人がゾロゾロと出てきました。
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付近はさつまいも畑・コーヒー豆が多いところです
バナナもたわわになっていて、パンの木もありました。
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村の中で弓矢を作る男性・・逞しいです
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住居の中を見せてもらいました


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場所を移動すると「マッドマン(泥人形)」が現れました
ゆっくりとした動きで弓矢で威嚇してきます
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やがて椰子の葉と繊維で「火」を起こして見せてくれました
手際の良さに驚きました。ものの一分もかかりません。
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子供もいます
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泥で作った仮面を借りてかぶってみましたがかなり重いものでした
10kあるそうです。

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最後に民族料理”むーむー”を昼食に頂きました
タロイモ・たけのこ・シダ・パンの木の若芽・キャベツ・タピオカ等
入っています
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穴を掘って焼いた石を敷きその上に食材を並べ
椰子の葉を何重にもかぶせて最後に上から穴をあけ
水を注いで又椰子でふたをする・・
これが調理方法です

味は・・・・・・ 美味とかまずいとか問題外・・・
生きるために身近に食べる物があることは幸せな事です

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家畜ではブタやヤギが飼われていました

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記念に村人が作った手提げ袋を購入しました
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ゴロカの村の人達・・文明に毒されず
いつまでも平和な暮らしをして欲しいと心から願いました

パプアニューギニアの島々と同行の旅人

 
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朝海岸で昨日のボートレースのゴールした船を見に行く。
船の中には食料として積んであるバナナもありました
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子供たちは元気に海で遊んでいる。フリチンが多い。
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モリで魚を狙ってついている子もいた

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カソリックとプロテスタントの教会を見学
両方とも歌声が響いてなかなかいい雰囲気だった
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10:15 ボートでサマライ島に向かう

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ここはお爺さんが日本人だったと言う
KUSIMOTOさん経営のレストラン兼宿で昼食
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庭には、色々な花や姫リンゴの木が・・・・
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そのあと19世紀に島を統治した
クリストファー・ロビンソンのモニュメント等を見学する
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KUSIMOTOさんとお別れして
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次に隣の島「クワヒウ島」に向かう

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ここには土着信仰の精霊の家に似せた教会があった
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鐘を鳴らすと皆が集まるらしいが普段は無人の教会だそうだ
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ここでズボンなどに付着したドロボウ草を取るのに
女性群が四苦八苦しているのを見て
島の子供たちがとるのを手伝ってくれたのだが
誰一人として見返りを要求する者がいないのに感心した

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さらに無人島「デカデカ島」に向かう・・・
綺麗な海と白い砂浜・・・・
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ここで1時間位海水浴を楽しんだ
水温は思ったより低く、見た目はとう浅の海ですが
海岸から少し沖に行くと突然砂が崩れ落ちて深くなっているところが多く
油断すると大変危険な海だと実感しました
妻には急遽”救命胴衣”を着用させて泳がせました。

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帰りの海は湾の中を出ると時化て波が高く
水着姿の我々は頭から波をかぶり寒くて震え上がってしまった

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それでも途中の部落に立ち寄り伝統のカヌーを見学しました
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大勢乗り込んで夕やみ迫る海原で
力強くカヌーを漕ぐさまはまるで絵画を見ているようで美しく思えました。
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今回の旅の参加者は9名でしたが・・
並外れた個性の持ち主と大金持ちの皆様に圧倒されました

①「飼っていたいたペットが亡くなったので
 やっと旅が出来るようになった」という50代の女性・・・
5年間で80か国以上旅をしたと言う。それもビジネスクラスで・・・
又、お酒がめっぽう強い方で明るい方でした。

②8歳年下のご主人と結婚したと言う70代後半のご婦人・・・
 その時の条件が「好きな事をさせてくれること」だったそうです。
バブルの時代にご主人が大金を儲けて
財産を使い切れないとおっしゃっていましたが
旅が好きなので世界の国を回ってきて、
このパプア・ニューギニアは2回目だそうだ。
しかし、一般常識に欠けていて
「山本五十六?誰それ・死んだの?」等と各所で似たような言葉を連発・・・
又、とてつもない我儘な人で
「救命胴衣が汚いから代えてくれ」とか
「カレーは嫌いだから他の物をつくらせろ」等トンデモないクレームを連発
聞けばこの旅行社だけでも1億円以上もつぎ込んでいる・・そうな
でも、どこか憎めない方でした

③81歳のお爺さん・・・最初は面白い人だと思ったが時間がたつにつれ
 皆に嫌われ総スカン・・・とにかく食べ物に汚い・良く云えば貪欲
自分でバナナやオレンジを買っても他人に分けたりせず
食卓で一人でたべているし、ビュッフなどでは我先に大量に取り込む
又、いつも笛をぶら下げていてトンデモない時にピーと鳴らして見せたりする
露天では物々交換だと言い張り、
日本から持ってきた絵葉書などを見せるのだが
その絵葉書が「忠臣蔵の絵葉書」ときたひには私も驚いた

又、大昔旅先で購入したという中国の清の時代のような帽子をかぶり
今は見る事のない”インドネシアの冠状の輪”をかぶり
旅先で奇妙な頭で歩き回るのには閉口・・・
日本の烏帽子ならまだしも、なぜ妙な帽子をかぶるのか・・?
又、所構わず煙草を吸うので添乗員も困っていたようだった。
このお爺さんもビジネスクラスご利用者だ

④千葉で農場を経営していると言う男性・・・
 この人も酒が強かった。なにせ日本から焼酎などを持参
旅慣れているのは言うに及ばず、かなりの裕福さを言葉の端々で感じました
良く食べてお元気でしたが、ポートモレスビーで刺身を食べすぎたせいか
ゴロカではおとなしくなって・・途中で数回(大」の厠に入るのを目撃・・
どうやらハラをコワしてしまって・下痢で苦しんでいると推測・・・
ビュッフェ等では後から来る人のことなど考えず
品数が少なくても自分の欲しいだけ取ってくる・・この方もそんな風に感じました。
一見、品の好い人なのですが・・

⑤どこか斜に構えた60代のおっさん・・・
 何時も何かをしゃべっている。人が聞いていようがいまいがおかまいなし。
マイペースの人で、この人友達いるのかな?という感じ・・
自分の言った旅先の国の話、特にアフリカが多かったようですが
自慢したかったのかもしれません

いずれの皆様も大金持ちで世界中あらゆる所を旅なさっているようでした。
食欲旺盛で、自分本位、オシの強い方が多く
我々夫婦のような内気な貧乏人には夢のようなお話で圧倒されました。

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強者どもの彼女達の申されるには・・・
過去に色々の旅行会社を利用した中での印象を述べて曰く

特に「たびのデ△○ン社」や「●遊旅行社」のツアーに参加すると
「トンデモナイ変人や強者がいるよ」とおっしゃるのだが・・・
一体どんな方々なのでしょう?

私なんか今回の旅でお会いした方々にも充分驚いています・・

そうは申しましても
他人から見れば我々夫婦も変人として見られている可能性はありますが・・
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しかし怖いもの見たさ・・という事もありますので興味はあります(^^)/

しかし旅は面白い。人間が面白い!(^^)/



アロタウのシンシンショー(パプアニューギニア)No.3

 今日はラバウルに別れを告げポートモレスビーまで戻り
アロタウ迄飛行機で移動します
パプアニューギニアはほとんどがジャングルで
道路の整備もされていなくて飛行機か船で移動しなくてはなりません

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午前5:45にホテルから車でラバウル空港に到着・・
チェックインをゆっくりと行っていたら夫婦での並び座席はとれず
妻とはバラバラに座ることになりました
飛行機に乗り込んでも一向に出発しません

ドアが閉まらないので修理するから・・と言う事なのですが・・
なんとか40分遅れで飛び立ちました
何でもアブナイ航空会社としてエア・ニューギニは
北朝鮮の高麗航空とならんでリストに入っていると言う噂ですが
本当でしょうか? 
確かに整備もせずにトンボ返り運行を繰り返しているようですが
プロペラも順調に回っているし・・マっヨシとしましょう!
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そうそう、妻と席が離れたせいで神様は私に幸運を与えられました
隣の座席には”大学生”だと言うピチピチの現地の御嬢さん!!
笑顔の挨拶から始まっていろいろおしゃべりしました
朝早いのでお互いに弁当を持ってきていたので機内で食べましたが
彼女が自分のクリームサンドを半分に割ってくれたので
私もフルーツを半分上げました。
さらに鞄に着けていたフクロウの根付をプレゼント!
女性弱いと言う私の弱点を改めて再々認識できました
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彼女がスマホを取り出して「一緒に自撮りしていい?」と言うので
断る理由なんかありませんので・・・一緒にパチリ!
私もデジカメで1枚記念に写させて頂きました
現地ではきっとお金持ちのお嬢さんなのでしょう。
楽しい時間はあっという間・・・ポートモレスビー空港でお別れしました

更に飛行機(ホッカー100)を乗り継いででアロタウに向かいました
アロタウはミルンベイ州の州都です。
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アロタウ空港では歓迎の踊りがありました
ニューギニア最南端のこの州には200を超える島があり
カヌーで行きかっています

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まず入れ替わりで色々な部族が踊りを披露する”シンシン・ショーを見学
”シンシン”とは、民族舞踊のことで
800を超える部族には異なった踊りがあります。
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元々は戦いの士気を高めるために行われていたものだそうです
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踊りの迫力は思わず人々を笑顔にしてしまいます
楽器は太鼓だけですがリズムが素晴らしかったです
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子供たちだけのダンスもありました

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そのあと、13ケ月に渡りニューギニアを一周してきた
ワラカヌーのレースのゴールインする様子を見ることが出来ました
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優勝者のにはヤムイモ(長いも)とタロイモ・バナナが送られました

ラバウルの旅No.2(ヤマモトバンカー他)戦跡

 
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 ここラバウルでは現地部族のお祭りでは
このような仮面を身に着けて踊るそうです。
現物を見ましたがかなり大きなものです
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ラバウルのロッジの従業員はフレンドリーで
過ごしやすいところでした
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現地語で挨拶するとビックリした顔で大変喜んでくれて
笑顔がはじけてますます友好的な雰囲気になりました
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建物の裏手はプライベートビーチとなっています

今日は3日目となり引き続き戦跡を巡りました
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*大発(はしけ)格納庫トンネル(奥行20m)
海までの200mを着岸できない大型船と陸との間を貨物を積んで往復
5隻の大型発動機を収納していたそうです
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入口では土産の民芸品を売っていますが
観光客もまばらであまり商売にはならないようです

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ついでラバウル展望台に向かいました
途中の山道の道筋には日本軍の塹壕跡が散見できました
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眼下にラバウルの町が拡がっています
山の名前も「母山・南娘山・花吹山・西吹山」と日本名がついています
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椰子の実も落ちていましたしノラ犬もいました

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ここから30分の移動で「小牧桟橋」に到着
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長さ110の小牧丸の船体がB-26の爆撃で転覆し
そのまま桟橋として使われていました
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ゼロ戦の伝説のパイロット坂井三郎氏もこの船でラバウルに来ています
坂井氏は終戦まで生き残った運の強い方です
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いまでは木陰でノンビリと現地の人がくつろぐ場所のようです

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さらに20分移動して司令部防空壕跡(ヤマモトバンカー)に到着
1943.4.18にブーゲンビル島で撃墜された
山本五十六元帥がその前日まで過ごした場所です
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内部は蒸し暑く作業室には壁にラバウルの地図などが見られます
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少し離れたところには、日本の戦車がありました

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11時過ぎに「南太平洋戦没者の碑」にお参りしました
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昭和55年に建立・天井に太平洋が描かれて
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ラバウルの位置に穴があけられ太陽が差し込むようになっています

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近くには「旧ラバウル東飛行場址」があり多くの飛行兵が
ここから飛び立ちました
山本五十六元帥もここから一式陸巧攻で飛び立ち撃墜されました
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給油所址に無残な一式陸攻の残骸も見ることが出来ます
この辺りは1994年の火山の噴火で埋まりましたが
一部掘り起こされています

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昼食後「ラバウル温泉」に出かけました
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ラバラナカイア山から地熱を発しマチビットワン湾沿いに源泉が
ありますが高温の為それが海に流れ込んだところで適温となっています
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日本軍西飛行場址・・・
中型・大型爆撃機の発着に使用されたそうですが
今では荒れて一面の草むら・・
見学していると何処からともなく現れた現地人が不気味でした

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夕方、ココポマーケットを見学しました
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落花生うり・・一束¥35です
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子供たちにカメラを向けてもお金を要求されることは皆無でした
お礼におばちゃんからアイスキャンデーを買って渡しました
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乗り合いバスはトラックが多いです
車は、トヨタが圧倒的に多くいすゞ・マツダ・日産・他現代が少し
とにかく行きかう車は日本車がほとんどでした

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町を歩くと電線に引っかかった靴をたまに見かけます
これは子供たちが穴の開いた使えなくなった靴を投げて
電線に引っかける”遊び”なのだそうです

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又、パプアには「ごーごーコーラ」と言う独自のコーラがあると聞き
試に飲んでみましたが、軽い味わいでなかなかのものでした

ラバウルの旅(パプアニューギニア)No.1

 成田から6時間半・・エアー・ニューギニで飛びました
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思ったよりパプアニューギニアは近かったです
気温は30度前後、寒い日本から一気に南国へ・・

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ポートモレスビー/ジャクソン国際空港から国内線に乗り換えてラバウルに向かいます
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その前にホテルで朝食を取りました
果物が中心の食事です
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空港は粗末な設備で雨をしのぐだけの通路を通り
6番ゲートから乗り込みましたが荷物はラバウル空港で受け取りです。
手荷物検査は緩く液体は持ち込みOKでした

ラバウルはかつて日本軍の飛行場があったところです
1942年6月ミッドウエイ海戦で大敗を喫し一挙に戦局は不利になりました
海上からの戦闘をあきらめ3年間陸からポートモレスビーを目指しましたが
自然環境の過酷さから多くの犠牲がでて攻略できませんでした
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「ココポ戦争博物館」があります
ニューブリテン島各所から集められた
旧日本軍やアメリカ軍の武器が野ざらしで展示されていますが
ほとんどが日本軍のものでした
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(骨組みだけのゼロ戦・・かっては搭乗員がいたのです)
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(高射砲)

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(日本が誇った酸素魚雷の残骸)

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(破壊された装甲車/戦死者がここにいたと思うとツライです)

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撃墜されたB29の写真と現物の破片は屋内に展示してありました
期待の先端部分には女性のイラストが・・

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旧日本軍の一式陸攻の残骸・・・
燃料タンクの鉄板が薄く被弾すると一発で炎上・墜落・・・
ゼロ戦でもそうですがとにかく全般に鉄板の薄さが目につきました

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第103兵站病院跡地にはカソリックの教会が
2007年に建設されていました
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2017年 車中泊の旅 東北編No.4 陸前高田~山形

 根岬漁港のウニ漁は、朝船が一斉に出港するのでなく
時間までに漁場で待機、5時になって一斉にウニを採る・・
そんな風景にガッカリ拍子抜けし陸前高田に向かいました

旧道の駅の広場には船村徹さんの歌碑が立っていました
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道の駅「高田松原」は見るも無残なありさまでした・・14.5mもの津波
建物の中には「松の木」が入り込み悲惨でした
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奇跡の一本松も枯れて今はレプリカが立っています
江戸時代から続く数千本の松が一瞬にして流されたとは想像もつきません
この一本松の前に建物があったためかろうじて1本のこったと言う事でした

次に唐桑半島に向かいました
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巨釜(おがま)も津波に負けず立っていましたが
以前有った松林は害虫にやられ立ち枯れていました

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岩場に咲く花 かんぞうが美しい

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唐桑半島にある「御崎神社
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そこにある狛犬がなかなかの風情で時代の重みを感じました
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 ホテル観洋」・・大きなホテルでしたが入浴のみ・・
車中泊は「道の駅 津山」でゆっくり出来ました

翌日は山道を走り石巻へ・・
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石巻のある大川小学校の悲劇は知れ渡っています
北上川が津波であふれ住宅共々破壊されてしまいました
先生の誘導の不手際で児童が70名以上犠牲になりました
これは震災前の写真です
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慰霊碑には、ひっきりなしに誰か来て手を合わせています
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裏にはすぐ山があるのになぜ?・・そう思います
過剰なくらいの安全策・他人の子供を預かる先生には実行してほしかったです
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震災後の大川小学校の址・・ ベランダに花が咲いているのがあわれデス
生き残った先生は、事実を述べることも無く雲隠れ?とか・・
それでもで日本人か!。教師としての誇りはないのか!と言いたいです

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旧登米尋常小学校正門・・・・美しい建物です
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昔の登米小学校の建物は見る価値があります
中には当時の時代にあった色々な展示物があります
天皇陛下も見学なさったと・・お使いになった湯のみ等が展示してありました
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登米警察署址
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昔の法律違反事例の版画がありました
内容を読んでいくと面白いです
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牢屋体験も可能です。

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玄昌岩を展示してある建物(屋根も玄昌岩)
今はもう鉱山が閉鎖され取れないそうです。

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なかりん食堂のあぶら麩丼は(¥650)美味しくて満腹になりました

この後国宝の弥勒菩薩があるという「弥勒寺」を訪ねましたが
閲覧はできませんでした。
秋田の「桜の湯」を探して行ったところ休館日で・・
錦愁湖峠山温泉で入浴。以前に比べ寂れた感がしたので
支配人にお話を聞くと・・
人手不足で手入れもままならず経営が成り立たなくなってきている
重労働の旅館従業員など若い人はなり手がない・・
そんな事をおっしゃっていました
今日はここで一泊・・・
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翌朝、秋田の湯本温泉・・・丑の湯で朝風呂入浴し
横手の知人宅を訪問しました

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夜は雁の里キャンプ場にて宿泊し近くの雁の里温泉で入浴・・

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翌日美郷学友館で「川瀬邑水」の版画展を見て秋田県を南下・・

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山形県に入り宿泊予定地のキャンプ場に行ったところ
熊 出没のせいで閉鎖・・・今回はこれで2度目です。

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やむなく道の駅荘内へ・・・途中松山温泉観音の湯で入浴
この道の駅はすぐ裏に風力発電の塔が3基立っていて
どうも落ち着かないのでここから8km離れた「道の駅 みかわ」に移動して宿泊
ここは大変広いところで近くで電気自動車の充電も可能だと聞きました

翌朝、天候も曇っていて旅の大体の予定コースは走破したので
帰宅することにして6:15に出発して途中休憩しながらノンビリと
夕方6:42分に名古屋ICに無事到着(637Km走行)

一か月の旅もモウオシマイなの?と言う気分・・・
色々な人々にお会いして話をして楽しい思い出が又増えました
                                            
この2日後、通ってきた秋田県横手地区で大雨が降り被害が出ました
私は間一髪で被害を免れましたが
”お前は”悪運の強い奴だ”と言われているからかもしれません(^^)/
                                              完

車中泊の旅2017年夏東北編-3龍泉洞~

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日本3大鍾乳洞のひとつ「龍泉洞」を見学しました
傍の川は昨年の台風で大きな被害がでて未だに工事中です
鍾乳洞の中は寒いのでと・・受付でジャンバーを貸してくれました
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鍾乳石より地底湖が売り物のようです
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3大鍾乳洞全部見学しましたが、はっきり言って
どこも期待外れ・・・まともな?鍾乳石の少ない事が不満です・・
静岡県の「龍ケ岩洞」の方が見どころが多いと感じました

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ついで震災遺構「たろう観光ホテル」址に行きました
現在も時折上階で震災をしのんで
会合が開催されることもあるそうです

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山王岩(震災の津波で岩が一つひっくり返ったとか)

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道の駅「たろう」は復興工事関係者の車両で一杯です

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「善助屋食堂」の並びにあったので”どんこ丼”を食べました
そのあと「たろう産直組合やませの丘」で買い物・・・
魚を買いましたが親切なおばちゃんが氷をくれました。

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よく観光ツアーパンフレットで見る「浄土ヶ浜」に到着しましたが
駐車場から15分位歩いて行かなければなりませんでした

驚いたのは海水浴を楽しんでいる家族連れが多かったことです
こんな風光明媚なところで泳げて・・・幸せな事です
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サッパ船に乗船し「日本の青の洞窟」と銘うっているところに行きました
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洞窟内に光がタイミングよく入れば海面が青く見えます
天気と波と時間・・・揃えばもっと蒼く見えるのでしょう

夜は近くにキャンプ場がないので「道の駅みやこ」に行きました
広いところでしたが店舗はもう閉まっていました
ここで車中泊をと思いましたが
暗くなるにつれて若者の改造車やスポーツ系の車が集まってきて
バリバリ・ブイブイ走っています
ダンプもエンジンをかけっぱなし、キャンピングカーも止まっていましたが
どうにも落ち着かないので他を探そうとここを離れました

重茂半島を走るつもりでしたのでそちらに向かって走ると
「宮古運動公園」がありましたのでここで車中泊。
翌日職員に伺うと「未だできたばかりで先週お披露目したばかり」
トラックも綺麗で素晴らしい競技場でした

重茂半島の”月山”に登ると景色が良いと
ツーリングマっプルにあったので行きましたが
林道が通行止めで立ち入り禁止の表示があり残念でした。
この半島の”姉崎”では先の津波で38.9mを記録
道路には津波の記念碑?が建ててありました
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又「姉崎キャンプ場は新しくなりましたが海のすぐそばと言う事もあってか
管理のオジサンの話では「日帰りのみ利用可能」ということです

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陸前山田も被害が大きかったと聞いていたので行きました
途中立ち寄った「道の駅 山田」の一人の女性職員の感じが悪く
そうそうに立ち去り、波板海岸など見ながら釜石市に入りました

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ここで「ラーメンあゆとく」が美味しいと聞いていたので
探して行きました。期待どうりで磯の香一杯の海鮮ラーメン(¥950)・・
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今回の旅でNO.1のお気に入り・・美味しかったデス

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鉄の歴史館を見学
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鉄と共に歩んだ大島高任氏の業績をたたえた展示館になっています

雨が降ってきましたので温泉に行くことにしましたが
近くに天然温泉が見当たりません
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やむなく「夏の虫ゆっこ」という山の中にある入浴施設にいきました

今日は「道の駅さんりく」で車中泊
ライトバンで来ているオヤジ・・エンジンかけっぱなし
マナーの悪い輩が車中泊愛好家を段々追い詰めていくようです

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翌日は綾里を目指しましたが途中に「恋し浜駅」に立ち寄りました
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ここはホタテガイに願い事に書いてぶら下げるようになっています
通路にも一杯下げてあり地元の方がボランティアで管理されています
帰宅後TVでも紹介されていました

綾里駅に行きました。
津波の碑があると聞いたからです
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「つなみてんでんこ」の碑を前に
駅の女性職員の方が親切に色々と説明して下さって
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駅のそばにある綾里大権現の獅子頭が置いてあるお堂にまで
案内して下さいました
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獅子頭はあまりにも重く人力では動かせないので
イベントのある時はクレーンで捜査して動かしていると言うお話でした
その操作が難しくて大変だそうです

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大船渡市街の中赤崎でも震災津波の爪痕を見ました
豪邸址に咲いている花がなんとも美しい・・・
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天井の細工もこっていて恐らく裕福な方の屋敷だったのでしょう

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名所「穴通磯」・・予想以上に素晴らしい景色でした

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碁石海岸を散策・・・
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うみねこの繁殖地千代島や灯台や、
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気仙大工の作った東屋等多くの見どころがありました。

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夕方「黒崎海峡温泉」に行きました

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夕食に「ほたて丼」を注文しようと思ったらモウオーダー終了・の言葉
しかし、食堂のおばちゃんは親切な方で特別に作って下さいました

又、座敷で休憩している間に、家内も地元のご婦人の方々とお話・・・
大いに話が盛り上がってワイワイガヤガヤ・・
帰りには「ここは私の親戚がやっているので好きな物をもっていって!」と
売店に連れて行かれて、
申し訳ないので「そんなこと・・と」固辞したのですが
お土産に”乾燥わかめ”を持たせて下さいました

以前、日本海側をキャンプ旅した時はあまり話もする人もなく
東北の人はわりとクールだな・・と思いましたが
今回、太平洋側の旅では多くの方々が
親切で明るく接して頂いたのが印象的でした

そのご婦人から「明朝5時にウニ漁が解禁になるから見に行ったら」と
言われ根岬漁港に移動・・・ここで野営しました



車中泊の旅2017年夏 東北編-2 久慈~龍泉洞旅行村

 
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普代水門を訪れました
「2度あったことは3度あってはならない」
この文字が目につきました
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昭和22年から普代村の村長を務めた故・和村幸得さんは
昭和8年の三陸大津波を経験し、防災対策に力を入れた村長だったそうです。
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村では明治29年の大津波以降甚大な被害を経験し
和村さんは「悲劇を繰り返してはならない」と
防潮堤と水門の建設計画を進め
昭和43年、漁港と集落の間に防潮堤を、
59年には普代川に水門を完成させました。
人口約3千人の村には約36億円の巨額の出費は大問題で
建設前には「高さを抑えよう」という意見もあったそうですが
だが、和村さんは15・5メートルという高さにこだわりました。
明治の大津波の高さが15メートルだったと
村で言い伝えがあったからだ!と
和村さんは反対する県や村議を粘り強く説得し、建設にこぎつけました。
当時の判断が今回の津波から村民の命を守ってくれた、と
村民みんなが感謝していると言うことです
津波は堤防を越えたのですが最小限の被害で済んだそうです
立派な政治家とはこの和村さんのような人を言うのだと思います!

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黒崎灯台の手前には「北緯40度のシンボル塔」が建っていて
人が動くと塔についている球も回るようになっています。
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黒崎灯台はハマナスの花が咲く小道を入って所にあります。
ハマナスの実は段々色ずいて赤くなります
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今や全国にある「この鐘を鳴らすと幸せに!」・・・
人間弱いものでツイ紐を引っ張ってしまいますネ!
この周辺には「黒崎キャンプ場」がありますが
ここはテントの設営が義務付けられていて車中泊は禁止です
ロケーションの良いところにあって利用料金も安価です。

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北山崎展望台へ行きました
遊歩道も整備され太平洋の荒波の絶景が見渡されます

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ここの「松乃屋」さんでうに丼(¥2200)を食べました
ツーリングマっプルにも掲載されているお薦めの店です
何を気に入ってくださったのか
おかみさんが帰りにサービスでメカブを下さいました(^^)/
又、訪れたいお店です。

又、観光案内所もあってここで”机浜サッパ船クルーズ”を
予約してもらいました。職員は親切な御嬢さんでした
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机浜にあり番屋は津波で流され全滅しましたが
今では新しく建て直した番屋群がありました
ここの乗り場からサッパ船がでます
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船頭さんが面白可笑しく風景の説明をしてくれるので
退屈しません。船は北山崎付近まで行って引き返しました

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更に田野畑の震災遺構を見学・・・
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今更ながら津波の恐ろしさを実感しました

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名所「鵜の巣断崖」を観光しましたが
やや曇り空だったのが残念でした

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次に龍泉洞観光ホテルにある「龍泉洞温泉」に入浴(単純泉)
入浴料は¥500で清潔・フロントも好感度抜群でした

今夜の宿泊地「龍泉洞青少年旅行村」に到着
明日は龍泉洞の鍾乳洞を見学・・・

車中泊の旅 2017年夏 東北編1・青森~久慈

 青森港から北上・・・約2時間くらいで「12本ヤス」に到着
途中の道傍の畑では”タバコ葉の栽培”が行われていて
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綺麗な花まで咲いているのを見ることが出来ました

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12本ヤスは素晴らしい大木です
樹齢800年と言われ12本に枝わかれした木は
13本目が出るとその13本目の枝は枯れてしまうそうです
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ここは観光バスで入れるようなところではありませんので
静かで神聖さが保たれています
青森には深浦の「銀杏の大木」も有名ですが
秋ではないので紅葉には程遠く今回はパスしました。

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”12ヤス”を見て温泉に入るために
「津軽富士見荘」に向かいました。

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熱の湯温泉(つがる富士見荘)・・・ナトリウム塩化物泉
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此処のロビーからは、あの有名な”つるの大橋”を見ることが出来ます
入浴料は¥340・・かけ流しの素晴らしい温泉でした

今日は”道の駅あるじゃ”で車中泊しました
ここは色々なお店もあり食料調達には事欠きません

翌日はいよいよ今回の目的地の一つでもある
秋田県小坂町の「奥奥八九郎温泉」に向かいました
ゆっくり走って約3時間弱です
枝わかれした林道を慎重に進むと突然道の右側に温泉が現れました
想像していたより分かりやすい場所でほっとしました
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但し、ロープが張ってあって立ち入り禁止の表示がありました
温泉に入ってなにか事故があっても行政は知らない・・
そんな所でしょう
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手を入れてみるとボコボコと噴出している湯の温度は適温でした
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ここから山道を走り「七つ滝」に向かい散策・・・

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道の駅もありましたが、あまり訪れる観光客もいないようです。

ついでだからと十和田湖に行きました
湖の周辺は土産物屋だらけで無料で車を止めることもできません
こういうざわざわしたところに興味がないので
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少し離れた瞰湖台展望台から十和田湖を眺めました
以前冬に来たことがありますが風景は綺麗です

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新郷村にキリストの墓がある・・と言う話を
聞いていましたので行ってみました。
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最近TVでも新郷村はちょくちょく出てきます
新しい居住者には格安の一戸建てが支給され
家賃も子供1人につき¥5000割引き・・・
7人もいれば家賃は無料で25年立てば無償でもらえる
シングルマザーにも大変住みやすいところのようです
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キリストと弟イキリスの墓がありました
十字架にかかったのは身代わりとなった弟イキリスで
キリストは日本に逃げて来たという伝説と古文書が残っています
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資料館もありました
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村では今でも子供の額に十字を
書く習慣が残っているのが不思議です

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折角なので村の温泉「新郷温泉」に素泊まりしました
一泊¥2800です。部屋も清潔で温泉も落ち着きます
(新郷温泉旅館・・・アルカリ性単純泉)
部屋でご飯を炊いてオカズを作って食べましたが大満足でした

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翌日は八戸の蕪島に行きました
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神社は火災の為入れませんが周辺には「うみねこ」がたくさん居ます。
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繁殖が終わると、いなくなると言う地元の方のお話でした

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昼は蕪島でご飯を炊き自宅でも食べない豪華な?昼食・・・
八戸のスーパーーで刺身やさくらんぼを購入しましたがお値打ちで
スーパーの店員さんの親切さが印象的でした


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葦毛崎展望台など
三陸道を南下すると景色の良いところがたくさんあります
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今日は久慈のはずれの「侍の湯」に入りました
ただしここは温泉ではありません

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侍浜キャンプ場の近くだからです
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キャンプ場は一泊¥400・夜はジンギスカンの夕食でした
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もちろんキャンプにたき火は欠かせません!
他のキャンパーは一組だけ・・ノンビリできました

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すぐ近くに「あまちゃん」のロケで使用された海水天然プール(岩場)があり
丁度プール開きの日でしたので第1号に利用者として泳ぎました
数年ぶりの海水浴は気分が良かったです

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道の駅久慈の中をブラブラして・・・

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「あまちやん」の足跡をたどって「久慈駅」に行き三陸鉄道に乗車
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途中「普代駅」まで行って往復することにしました
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津波の爪痕の補修工事がいたるところでなされていました
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普代から久慈に戻り昼食・・名物「まめぶ汁定食」¥1296・・
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店員さんに道路状況を聞いたところ大きな地図まで持ってきてくれて
説明してくれその地図までくれました!親切でした

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「あまちゃん」が飛び込んだyという「小袖海岸海女センターへ・・・
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途中の海岸風景がいいです。
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センターには”さかなくん”が訪れた時の色紙が飾ってありました

そこから温泉に入るべく陸前野田から山道に入り
べっぴんの湯を目指しましたが、この道が狭くてガタガタ道・・・
途中”にほんかもしか”にまじかで遭遇しましたが
天然のにほんかもしかを見たのは初めてです
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新山根温泉「べっぴんの湯」は・・アルカリ性単純冷鉱泉

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つるつるした湯でしたがそんなに大騒ぎするほどの温泉でもありませんでした

今夜は平庭高原キャンプ場に行くつもりでしたが
電話で聞いたところバンガローが主だとか・・・・
道もキツイことだし少し遠くなりますが
「道の駅白樺の里やまがた」に車中泊することにしました
こんな時「1万円のカーナビ(夢グループ発売)が役に立ちました

しかし、東北の道の駅は
どこでも”復興ダンプカー”の巣のようなもので
一晩中エンジンをかけっぱなしで彼らも車中泊していました
こちらは遊び、彼らは仕事、ご苦労な事だと思いました。
きっと家族と離れて働いているのでしょう。
しっかり稼いで家族の元に帰れる日が
1日も早くくるように祈るばかりです。



車中泊の旅2017年 北海道編-3

 札内川園地キャンプ場・・ここは広いところで無料
特に釣り人に人気があるらしく何日も常駐する者も多いとか
周りには枯れ木もたくさんあってたき火の燃料にはことかかない
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ウグイスもよく啼いているが・・・
その啼き声が「ホーホケキョ」ではなく「トッポジージョ」と
聴こえるのが愉快だった

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近くには札内川ダムがあり見学ができる
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水面は風が無いと鏡のようで山や両岸が映って美しい

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帯広の郊外の幸福駅を見に行く
以前に比べ整備され公園のようになっていた
大きなキップが販売されていて裏に願い事を書いて
皆さんが旧駅舎の中に貼って行く・・・

次に夕張を訪ねた・・
以前のゴーストタウンのようなもの凄さは改善されて
なぜか大きなホテルが建っていた

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街を歩くと神社があった。雑草におおわれて仁王様もボロボロ・・
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街の廃業した医院の建物の中には
あの一世を風靡した懐かしい顔「羽柴秀吉」氏のポスターが

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チャールズブロンソンの顔も色あせて・・・

近くには”花畑牧場”の支店があったが
そこだけ建物が新しく目立っていた
但し土曜日と言うのに止まっている車は2台のみ・・・
きっと赤字なのだろうが”田中さん”の心意気で出店しているのだと思う

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フェリ-の予定もあるので先を急ぎ今日は洞爺湖半で宿泊する
夜は対岸の夜景が美しく、花火も見ることが出来ました
ここは有料のキャンプ場もあるが無料の駐車場もたくさんあり
道内の家族ずれが大勢キャンプを楽しみに来ていた
私も有料キャンプ場に行く予定でしたが
温泉で一緒になった地元の人が、お金を出さなくても
いくらでも泊まるところがあるから・・と場所を紹介してくれた
全国を旅をしているが北海道と九州の方は本当に親切だ!
お世話頂くことも多々あり有難い事だといつも思う
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湖ではカヌー・釣り・水泳・浅瀬ではエビを掬っている子供たち・・
本州では考えられないほど恵まれている環境だ。

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翌日は観光船に乗って「中島」迄いってみた
その前に給油・・・
エネオス昭和新山給油所のお爺さんは親切だった
昭和新山誕生の話を聞かせてくれたり、
観光船の割引券までくれた。
旅をしていても良い人に会うと元気がもらえる!
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観光船にのると”カモメ”が寄ってくる・・・
餌をとるのが面白いので、これに気を取られていると
景色を見損なってします。それでも皆さんは餌をばらまいている。
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中島でしばし休憩・・・又船で戻る

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昼食は「長万部」でとることにして街を走っていると
カニメシ「かなや本店」の看板・・・
直観的に・・ここはイケル!と思い店内に・・
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予想通り大変美味しい弁当でした
店の隣には鉄道車内を模した休憩所があり
TVはかつての鉄道沿線の風景を映し出し
正に汽車に乗って駅弁を食べている気分でした。おすすめです。

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二股ラジウム温泉で入浴(入浴料¥1100)

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さらに大沼公園で大沼団子を食べ函館のフェリー乗り場へ・・
¥500で駐車場で宿泊可なのでここで一泊・

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翌日7:40発のフェリーで青森港まで行きました
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途中”ブロッケン現象”が現れて海面に我々を映しています

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船内で新製品の”ウニにぎり”を購入し食べてみましたが
¥500が高いか安いか・・個人の感覚にもよるでしょう

約3時間弱で青森港に到着・・・
これから北上して”12本ヤス”を見に行きました。


車中泊の旅 2017年北海道編-2

 カニ祭りも終了しキャンプ場に3日間貼りついていたので
入浴が出来なかったので枝幸の「ホテル幸林」で入浴・・
入浴料は¥500で大浴場は清潔で気持ちの良い温泉でした
4:45にホテルを出て今夜の宿の紋別に向かいます

紋別オホーツクには¥400で宿泊できる場所があり大変便利です。
もちろん近くには道の駅もあります

翌日オホーツクタワーに行くことにしましたが
10時開館なので、紋別の町に出てコインランドリーで洗濯・・
戻って事務所からの無料の電気バスでタワーまで・・・
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オオカミ魚やチョウザメ・クリオネ等見ることが出来ます
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3Fはレストランと展望台があり「流水セット”を注文し小休止
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外へ出て堤防の先まで歩きクリオネちゃんを写真にパチリ!

次に、以前の旅で知り合いハーモニカをくれた音楽好きな
中湧別の鉄工所を経営されているYさんに逢うため車を走らせました
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Yさんもお元気で、縁あってジャズプレーヤーの日野 皓正氏とも
親交ができたと直筆のサインを見せて頂きしばし談笑・・・
最近、日野 皓正氏の名前がマスコミを賑わせていましたが
とても気さくな方のようです

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更に網走に向かいました
目的は網走刑務所の向かいにある売店でグッズを買う為です
”監獄前掛け”や”まな板”を購入し、門の前で写真をパチリ!
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気が付けば遠くの建物の陰から刑務官がこちらを監視?していました(笑

網走といえば、「しば乃屋」さんと言うソバ屋のご主人・・・
過去2回伺っていますが旅の途中と言う事で色々親切にして頂きました
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今回も珍しいホヤやツブの刺身をサービスして下さって
帰りにはご主人がわざわざ紋別まで仕入れにいったという
{天ぷら」を持たせてくださいました。
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又、小清水町の景色の良いルートを教えて頂いたので
今夜はそこに行くことに決定
小清水温泉で入浴しましたが、土地の人も親切で
野営の場所も「ここがいいよ」と100年公園という所を紹介して頂きました。

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翌朝枝幸でもらったカニでカニメシを作り
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野外ステージでハーモニカの練習・・

その後
「しば乃屋」さんで教えてもらって穴場の名所”さくらの滝”に行きました
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ここはサクラマスの遡上が見える場所で”さっつる”の山の中にあります

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急流を登るマス達・・・チャレンジしてもなかなか登れません!
小さいマスは水に跳ね返されて落下・・
可愛そうですがいつまで見ていても飽きない風景でした

ここから30分くらい走ると「来運公園」という湧水の名所があります
ここもあまり観光客は来ないところです
ここで昼食をとり名水でコーヒーを立てて休憩・・・
偶然「しば乃屋」さんのお兄さんが水を汲みに来られて
縁は異なもの不思議なもの・・ビックリしました。

ここから北見市留辺蘂に向かって移動・・約3時間弱のドライブです。
以前「岩間温泉」で知り合ってそれ以降も親交が続くSさん宅に向かいました
事前に知らせてありましたので自宅で待っていて下さいましたが
会社は息子さんにまかせて今では悠悠自適の生活で
お友達と北海道中を回り、新しい温泉を探すのを趣味にしていらっしゃいます
塩別つるつる温泉で入浴し回転ずしで有名な北見トリトンでご一緒に夕食し
お言葉に甘えご自宅に泊めて頂きました

翌日は、まだ仲間数人しか知らないと言う「秘密の温泉」に連れて行って下さって
ご一緒にキャンプで2泊することになりました。
留辺蘂出発し2時間半かかって”特別の場所”に案内して頂きました
岩場を歩くこと15分・・・温泉がありました
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真っ白な色をして温度も適温です
源泉を見つけ穴を掘って岩を組んで露天風呂を作られたそうです
サイコーの気分でした

ここでは野営はせず、
もう一か所別のところの温泉で待つお仲間のところに移動し
4時間30分走って到着しました
林道を走り、枝わかれした道の先にお友達がテントを張って待っていました
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一見「泉谷しげる」さん風のぶっきらぼうのオジサン・・でしたが
とても親切にして頂き感謝するばかりです

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4か所の露天風呂がありましたが、
お二人で掃除をし川の水で温度調節をして下さって
入りやすいよう気配りをして下さいました
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又、食料も色々用意して頂き冷ヤッコからホッケ・ジンギスカンまで
御馳走攻めで2日間毎日楽しく過ごしました




車中泊の旅 2017年夏 北海道編1

 高齢だった母の介護も終わってようやく長い旅に出ることが可能となりました
ブランクが7年ありましたが久しぶりに長旅に出かけました・・
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フェリーを利用しましたが以前に比べ、
バイキング料理も品数少なく全体にこじんまりとなってしまって
船会社の無駄を省いて経費節減とする経営努力も分かりますが
これもやむを得ないかな・・と思いました
昼食のレストランの¥1000はマァこんなものかと納得しましたが
夕食バイキングの¥2000は高いと感じました
私はあまり量を食べないのでそう感じたのかも知れません

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通路にある喫茶店を利用するのも経済的です
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夕方名古屋港を出て仙台港を経由
苫小牧港には翌々日の11;00頃到着しました
枝幸のカニまつりの日程に合わせる為
高速を利用しようかとも思いましたがとりあえず
一般道を走り奈井江を目指しました。

今までは全国どこでも地図だけを頼りに旅をしてきましたが
私もジジイと呼ばれる年齢になrったので・・・
マッ試に使ってみるか・・と・・・
捨てガネのつもりで夢グループ発売の
”1万円のカーナビ”を購入使ってみました
普通に設定すると「あくまで高速道路」に入れようと指示が出ます
最初は知らないので戸惑いましたが
設定を替えれば問題ない事が判明ヤレヤレです・・

北海道の長旅も4回目なので
道路の様子もある程度頭に入っていますので
ナビはあくまで参考程度に使用・・・
しかし知らない土地での店舗や温泉を探すときは大変便利だと感じました
ただこのカーナビ・・名称ではほとんど探せません。
電話番号が不明だと目的地を探すのに一苦労です
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7年ぶりの「道の駅 奈井江」は、以前に比べるとやや寂しい感じがしました
ここでラーメンを食べて野菜を少し購入・・・
このラーメンにサービスでご飯がついてきたのですが
食べきれないのでおにぎりにして持ち帰りました!(^^)!
奈井江IC~士別剣淵ICまで高速道を利用し
今夜の野営予定地、士別市「つくも水郷公園」に到着・・
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無料キャンプ場にはライダーが2組テントを張って宿泊していました
雨が降った後のようで地面が少しぬかるんでいたので
テントを張らず車中泊にしましたが
夜は夕食後早速たき火をして旅の始まりを実感しました

翌日は次の目的地ピンシネリキャンプ場へ向かいます
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途中久しぶりに音威子府駅を訪れましたが
以前はホームまで自由に入れたのが入れなくなりました
ただルピナスの花が美しく咲いていたのが印象的でした

構内の駅そばは老夫婦がやっていて旅の途中にいつも立ち寄ります
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お二人ともお元気の様子で安心しました
黒いソバが特徴の音威子府そば・・・美味でした。

ピンシネリはキャンプ場も併設された道の駅があり
その反対側にピンシネリ温泉があります
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とりあえずピンシネリ温泉に入りました。入浴料は¥380です。
経営者とおぼしき男性は親切だし
かけ流しで少しつるつるした温泉で大満足でした
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ロビーには熊のはく製が置いてありましたが
早速連れ合いは、チョッカイを出して遊んでいるようです

キャンプ場を申し込みに行くと
「道の駅で車中泊も出来ますよ」と職員が
親切に教えて下さいましたがキャンプ場に2泊することにしました
旅に出たらお世話になるその土地で生活している方々の為に
少しでもカネを落として行くのが礼儀だと思っていますので・・・
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1泊¥1500で2日目からは1泊¥800の使用料となります
キャンプ場なら炊事が出来て火も使用できるので安心です。
妙に気を遣うことも無く気分的にゆったりできるのがいいですね。
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翌日は歌登まで買い出しに出かけて
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帰りに「天塩川温泉」に行きました
入浴料は¥400で露天風呂もあって綺麗な建物です。
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ただ私の好みとしてはピンシネリ温泉の方が好きです・・・
裏のキャンプ場に回ってみると「車中泊禁止」の看板がでていました・・
以前と変わっていませんでした。たぶん使用料は安いと思います
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音威子府には「高橋昭五郎彫刻の森/田村博 芸術文化館」という
展示場があったので建物に入って見ました

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前衛彫刻が展示してありましたが
無学で鈍感な私には今一つ感ずるところが無く申し訳ないような・・
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一部屋「田村博さんの作品」に関する展示室もありましたが
オブジェや絵画その他雑多なものが置かれ
管理がされていないなぁという雰囲気でした

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夕方から雨になってしまいましたが本日は、夕食はごもくうどん・・・
明日はいよいよ目的地「枝幸ウスタイベキャンプ場」のカニまつり会場を目指します

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第1回目の旅で知り合った室蘭のMさんから教えてもらった「枝幸カニまつり」
今回は4回目の訪問となりましたが未だ本祭り3日前と言うのに
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キャンプ場はありとあらゆるキャンピングカーがいっぱい!来ていました
大体同じ場所で野営しているのですが幸いそこは未だ空いていました
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車を止めてテントを張って・・・・と・・・
近くを見ると見覚えのあるワゴン車が・・・・
以前知り合って年賀状のやり取りをしている稚内のKさんでした
「Kさん・・・名古屋の〇○です」と声を掛けると・・
Kさんも驚いて
「おお・・〇○さん、来たの?!!何年ぶり?うれしいなぁ~」と
話が弾みました。
このKさん・・・年代物の蛇腹式35mmカメラをいまでも愛用・・
一寸変わっていますが面白い方です

前夜祭のある翌日は店舗もたくさん出て賑やかになります
相棒は”あれもこれも食べてみたい”と言いますので
「好きな物を好きなだけ食べろ」と野に?放しました
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食べる・食べる・・・日頃小食なのに私より食べます
いつもは「ほっぺた膨らます」機会が多くヘキヘキしていますが
今回は胃袋を膨らませてご機嫌な様子・・
まぁ・・口が動いているうちは小言もないですから・・
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「よさこいソーラン枝幸」も全国大会2位の実力で迫力満点!
多くの若者たちが踊っていましたが
枝幸の町がいかに裕福で希望の持てる町だと言う事が分かります
前夜祭は花火/2日目の朝は早朝から漁船のパレードもあり

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又、もう一つ嬉しい事に
今回50回記念と言う事でゲストに「八代亜紀さん」と「ミレイ」さんが
舞台で歌われました。八代さんのファンの私としては大喜び!!
ミレイさんも名古屋のラジオでパーソナリティをされている気さくな方です
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おまけに最後の抽選会で「毛ガニ2杯」が当たりました!
一匹は今回キャンプ場で知り合った
軽ワゴンのキャンピングカーを手作りされたと言う
秋田の方に差し上げました。
このスバル、とにかく細かく計算しつくされた設計と政策には脱帽・・・
こんな凄い車を初めてみました
市販では絶対にできない使う人の身になって制作された車でした。







北海道の旅で入浴した温泉(2017.夏)

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ピンシネリ温泉・・・含塩土重層泉
音威子府駅から車で30分北上したところにあります。
道の駅の前だからすぐわかります
あまり期待していなかったのですが入って見てビックリ!
かけ流しの湯は少しつるつるして大変気持ちの良い湯でした
又、ご主人も気さくな方で気分的に和みました
宿泊代も安価でリラックスできる温泉だと思います

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天塩温泉・・・Na.塩化物泉
以前の旅では入浴していなかったのと
音威子府駅の思い出ノートに
多くの方が良かったと書いていらっしゃったので今回行きました
大変綺麗な建物で第3セクター?半分公共の湯のようです
ただ温泉はかけ流しではないようでしたが
職員の方が神経質なくらいお湯の汚れを気にされていて
露天風呂に落ちた虫や木の葉をタモで掬いに来られました
カルキの匂いが少し気になりましたが清潔な温泉でした
ここは、キャンプは可能ですが「車中泊は禁止」となっています

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枝幸温泉(ホテル幸林)・・Ca.Na.硫酸塩泉
蟹の町枝幸を代表するホテルです
中も豪華ですが温泉はうっすらと黄色い色がしています
天然温泉と光明石温泉とがあり雰囲気の良いところでした

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小清水温泉ふれあいセンター・・アルカリ性単純泉
日帰り入浴専門のようですが多くの利用者がいらっしゃいました
国道からの道が絶景でドライブにはもってこいです
リラックスできるところでした

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(露天風呂)
塩別つるつる温泉・・単純硫黄泉
何時入浴しても満足する温泉です。
なんでも日帰り入浴人気No.1だそうですが
つるつる・ぬるぬるの湯がかけ流しでシャワーまで源泉を使用・・
浴室も清潔で露天風呂もあります。人気のほどが分かります

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幕別温泉(悠湯館)・・・モール泉
今回の旅で一番気に入った温泉です
地元の方のお話では、観光客は十勝川温泉の方に行ってしまうが
ここは穴場ですよ!。温泉も一番です!・・と聞きました
ぬめりのあるモール泉はいつまでも入っていたい気分です
変わっているのは露天風呂・・
浴室から螺旋階段を上がって行くと2Fベランダにあります
宿泊費も安くフロントも感じが良く又訪れたいところでした

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洞爺湖温泉(いこいの家)・・Na.Ca.塩化物
日帰り入浴施設、気軽に利用できるが石鹸などの備品はありません

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二股らじうむ温泉
炭酸水は飲み放題・
床下にキタキツネが無料で住みついています
温泉は確かにインパクトがありますが・・・・



秘湯 奥奥八九郎温泉の現在(2017.7)

 温泉ファンなら一度は聞いたことのある「奥奥八九郎」・・
秋田県の小坂町にあります
一度は行ってみたいと思っていましたが今回訪れることが出来ました。
道路は未舗装ですが走行には問題ありませんでした
林道を走って行くと道路の右側にいきなり現れました
左側は道路を挟み川に面して車2台分位の駐車スペースがあります

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えっ?ここ?・・・・
確かに写真で見たのと同じ風景でしたが
温泉の周囲には「立ち入り禁止」の札が下がりロープが張られています。
何か問題でも起きたのかと周辺を眺めてみても
温泉はドウドウと湧き出し、周囲も土砂崩れのあともありません
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温泉のせいでしょうか・・雑草も生えず茶色の地肌は綺麗でした
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注意書きの文面をよく読むと・・・
「ここで入浴中何が起きても国は一切知りませんよ!
だから、入浴するな!」という内容です。
温度は40度前後でしょうか・・・
湯量も豊富で入浴には適温で、正にかけ流し・・・素晴らしいところでした。
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以前、ここで野営したりする人もいて周囲はクマの生息地ですから
そんな危険なことをしないでほしいと言う役所の願いもあるのでしょう
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林道の途中にロープで通行止めにできるゲートもあって
いづれここも簡単には立ち入りが出来なくなる可能性もあるな・・と
思いました。
奥奥八九郎温泉・・・いつまでも湧いていておくれ・・・いつまでも・・・!(^^)!

北海道の温泉事情 あれこれ/其の1

 温泉宿の経営は難しいものがあるらしい・・・
今回の旅でSさんから聞いた話では多くの温泉が廃業・・・
昔、訪れた今は失き温泉の名前を聞くと寂しく思いました。

Sさんとの出会いのきっかけとなった
岩間温泉は先年の風水害の影響で
流され破壊され跡形も無くなってしまいました

ニセコの薬師温泉は廃業・・
糞壺のような露天風呂はまだあるそうですが
汚くてぬるくて入れないとか・・

支笏湖の伊藤温泉は廃業/ 夕張の万字温泉は廃業/
然別湖の山田温泉は廃業/ 
野湯・薫別温泉は道路が決壊徒歩のみ訪問可能・・
 
そう言えば東北の玉川温泉も星野リゾートに身売り?・・・とか・・
貧乏人は良い温泉に入れない時代がくるのかも知れません

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休業中だった”かんの温泉”は7月から営業再開・・
評判の悪かった全経営者から新しい経営者へ・・・・・
水害で被害を受けた建物は新しくなりましたが
宿泊客と日帰り入浴者が入れる温泉が区別されるようになりました

悪評?と言えば”二股らじうむ温泉”・・・
ひところ秘湯ブームで一世を風靡した北海道の「二股ラジウム温泉」・・
新しいオーナーは東京の方だそうですが・・
ラジウムをらじうむに変えての営業・・

北海道の温泉マニアの知人の話でも
入浴料の値段は上げるは、特徴だった建物のドームは壊すは、
職員が憮愛想で食事は悪くおそまつ等あまりいい事は言いません
私はへそ曲がりなので、確認に行くことにしました
温泉は長万部から車で15分程、山に入ったところにあります

入浴料は¥1000に値上げしたと聞いていましたので
二人分¥2000出すと・・

「お一人¥1100になりました。券売機で買って下さい」とのこと・・

「えっ?¥1000と聞いていたけど」と言うと若いアニさんが・・

「4月から値上げしましたので、そこんとこヨロシク」・・と・・

まっ仕方ありません・・・¥2200支払いました
風呂場の脱衣所に行き一瞬ビックリ・・・
古臭い昔の学校の下駄箱か・・・これは・・
脱衣籠もなければ髭剃り用のに鏡もありません!
それに汚いし・・・印象は最悪!

浴室には、石鹸もシャンプーもありません
オイオイ・・これで¥1100かよぅ・・・・
少しイラッとしました

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温泉は(内湯)は、深い浴槽(深さ120cm)と普通の深さの浴槽が・・
もちろんかけ流しです。浴室は打って変ってきれいでした
温泉の他に出ている水は・・ナント炭酸水!!!
サイダーだぁこれはぁあ

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下の浴場は一部作り変えてあって清潔で
小型ながらハビリ用温泉プールもありました
泉質は言うまでもなく最高です。
大きな石灰華の見えるロケーションも最高でした

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下部の4つの露天風呂浴槽が素晴らしいのですが
女性はタオル・肌着・湯あみ・をつけての入浴はまかりならん・・と
大書してあり、ようするに男女ともスッポンポンで入れ!と言う事です。
脱衣所から階段をスッポンポンで降りて行かなくてはなりません。

しかし、こんなところで
男女同権がかたくなに守られているとは想定外でした。

男女同権を声高に叫ぶ女性活動家のセンセイ方には
ぜひこの二股らじうむ温泉に来ていただき、
入浴しご確認の上お褒めの言葉を賜りたいと思いました。

「お前も一緒に入れっ!」ですって・・・・
私はご勘弁をいただきますが・・

露天風呂に入って建物を眺めていると・・・
女性用の浴室のある建物の床下に”キタキツネ”が入って行きました
ラジウムを浴びて色艶も良く健康そのもの、
食べ物も残飯を食っているのでしょう
いいところに住んでいるようで賢いヤツです。

温泉に自信があるのでサービスは極端にナシという方針なのでしょう。
文句のある奴は、来てもらわなくていい・・といったところでしょうか?

療養で滞在する温泉だと思いましたが
日帰りで入浴するには¥1100が高いか安いか・・迷うところです
でも、色々差し引いても、とても素晴らしい温泉でした(^^)/
この天然の炭酸水は玄関外にもあって飲み放題・くみ放題です
これも文句のつけようがありません!GOOD!

今回他にも色々な温泉に入りましたが・・それは次回に・・




北海道の旅 秘密の温泉編

 温泉探検家のSさんと久々の再開後”回転寿司トリトン”で夕食・・・
今回も、ご厚意でぜひにと・・ご自宅に泊めて頂きました。
明日はとっておきの秘密の温泉がある場所に案内して下さって
ご一緒にキャンプして2泊することになりました。

 翌日から、秘湯の沸く数か所の温泉に同行しました
車を止めて歩いて山道を登ること15分・・・突然視界が開けて絶景です!
なんという風景!・・ワイルドそのもの!!!
又、そこにあるのは、真っ白な温泉・・・
自分たちで源泉を見つけ石組をして浴槽を造られたとか・・
「ここはまだあの”山田べにこさん”も知らない
仲間数名しか知らない場所です」と・・・おっしゃいましたが
正に本物の秘湯でした。
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話は変わりますが
以前、青森下北半島に「安倍城の湯」と言う知る人ぞ知る温泉がありました。
私も入りましたが、掘立小屋の中に木の小さな浴槽があり
とてつもない湯量の温泉が太いパイプからドウドウと流れ込んでいると言う
源泉かけ流しの見本みたいな温泉・・・当時は訪れる人も少なく
嬉しくなるようなところでした。

ところがどなたかがSNSに載せてしまってから人が殺到・・
入浴は順番待ち・車の長蛇の列・・マナーの悪い人もいたりして
苦情もあったのでしょう・・
とうとう持ち主が閉鎖して取り壊してしまいました
惜しいです!本当に惜しいです!

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そんなこともあって今回の場所は控えさせていただきました

途中で以前「べにこさん」の取材にも協力したことがあると言う
Sさんの友人、筋金入りの温泉マニアのAさんが合流・・・
見たところ「泉谷しげるさん」に似ていて
取っ付きの悪い無愛想でぶっきらぼうな口調・・・・

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ところが親切で優しいな方で、
我々が温泉に入りやすいようにと
早朝からバケツで水を汲んで運んで調節して下さったり・・
それも口に出すわけでなく、ただ黙々と・・高倉健さんのようなタイプで
男の中の男という感じの方でした。

今回はお二人からキャンプが楽しくなる色々な方法や
便利な道具のことなどたくさん教えて頂き感謝でいっぱいです。
本物のキャンパーのお話はためになることばかりでした。

帰り道では、坂で私の車がスタッグするといけないと・・
林道の悪路まで整備して頂き恐縮しました。
この2日間、ご一緒したキャンプ生活は心に残る出来事でした
心に残る二日間でしたがお二人に感謝するばかりです。(^^)/



北海道夏の旅 お世話になった人々に感謝・・

 4回目となる北海道の旅・・・
今回は東日本大震災の跡を検分するため
北海道には13日間しか滞在できませんでした
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まず「枝幸かにまつり」に行きましたが・・・
これが大正解で50回記念となる今回はゲストに
”八代亜紀さんとMILLEAさん”のお二人が招かれていました
気温11度で強風の為、一度立てたテントを撤収し車中泊となりました

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全国から集まった数百台のキャンピングカー・・・
軽の手作りキャンピングカーからエヤーストリーム迄ありとあらゆる車を
見ることが出来ます。これだけでも楽しいものです

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八代亜紀さんが出演される頃は天気も回復し大いに盛り上がりました

八代亜紀さんは、私の恩師の関係で少しご縁があって
そのお人柄にほれ込んでいますが、まじかに拝見した八代さんは
本当に歌声もトークも素晴らしく妙に気取ったところもなく
予想通りの方でした
MILLEAさんともお話しましたが・・
ナント名古屋の放送局で”ラジオのレジュラー番組を持っていらっしやる”と・・
歌は澄んだ声が素晴らしく・・特に「祈り」という曲が気に入って
CDを購入しました。
八代さんとご一緒されることが多いとおっしゃってましたが
応援したいタレントさんのお一人になりそうです。
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いつもながら「夢ソーランえさし」の素晴らしい踊りも堪能!
北海道には以前の旅で出会った多くの方がいらっしゃいますが
御縁の続いている方々も何人かいらっしゃいます
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今回はカニ祭会場で稚内のKさんと再会・・・
Kさんには以前北海道の穴場的名勝を教えて頂いたりして
手紙のやりとりはしていましたが・・
以前と同じ場所でテントを張っていらっしゃったのですぐ分かりました
今回も会場でも色々親切にして頂きお心配りに感謝するばかりです

祭り終了の後、紋別まで移動しました。
ここは¥400払うと車中泊可能な場所もあり快適に過ごせます
翌日オホーツクタワーを見学・・
事務所から無料の電気自動車が出ているので楽に行けます

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オオカミ魚やチョウザメ・フーセン魚・クリオネと塔の地下は海の底・・
色々見ることが出来て2Fではアニメも上映されていました

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3Fのレストランでオホーツク流水セットを注文・・ホタテと飲み物・・

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建物の外に出て堤防の先端のクリオネのモニュメントまで歩きました

次に紋別から更に行くと興部の街に向かいました。
先回の旅で知り合ったYさんをお訪ねました。

先回の旅の時、私達がハーモニカの練習をしていたら声を掛けてきて
「私もハーモニカに挑戦しましたがやはりモノになりませんでした
よかったら教本・CD・ハーモニカをもらってやってください」とおっしゃって
いろいろ下さったのがご縁で手紙のやり取りをしている仲です。
Yさんは高校時代は吹奏楽部でトランペットを吹いていたとかで
いろいろ話が弾みました。

現在鉄工所を経営されていますが
「鉄でトランペットを作成しするのが趣味だから」と・・言われ
わざわざ私にも送ってきてプレゼントしてくださいました。
それを生かして12月クリスマスに施設の演奏時に使用させていただいています
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 日野皓正さん直筆イラスト入りサイン

そんなYさんの作品をあの世界的に有名なジャズプレーヤー日野皓正氏が知り
気に入って「ぜひ欲しい・・」と言って来られたそうです

「網走に来られた日野氏に進呈すると大変喜んで下さった」と
Yさん嬉しそうに話して下さいました。
それ以来、日野さんとも顔なじみになられたそうです
純真な心をお持ちのYさん・・これからもご活躍頂きたいと思います

網走といえば・・・番外地・・・
監獄博物館は以前行きましたが、大変美しく整備され庭園のようなところです。
しかし見学しているうちに気が滅入ってきて以来行っていません
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今回も本物の刑務所正門の前にある売店を訪ねました
力作が数多くありましたが旅の途中なので数点購入・・・
門の前で写真をとっていたら・・
職員の方がシャッターおしましょうか?と親切に声を掛けて下さって写真を撮って頂きました
ふと彼方をみると建物の陰から看守?でしょうか・・
こちらをじーと見ているのに気が付きました。私は人相が悪いですから・・笑

”網走一の日本ソバの店”と言えば「しば乃屋」さん・・
ここのご主人とも不思議な御縁でつながっています。
最初に旅でお会いして以来、
いちげんさん同様の私達に大変親切にして下さって
珍しい物をもたせてくださったり・・親切にして頂いています
今回も覚えていて下さって、
とっておきのホヤ・つぶの刺身をサービスしてくださり
ご自分でわざわざ買い出しに行くと言う紋別の某商店の
天ぷらを持たせてくださいました
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又、奥さんからサクラマスの遡上が見る事の出来る場所を教えて頂き
ご主人がお勧めの景色の良い道まで地図を片手に教えて頂きました
本当にありがたい事です

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翌日、その場所に行きましたが滝のように流れる川を
サクラマスが必死に遡上しようとする姿に感銘を受けました。
北海道にはまだまだ知らない良いところがたくさんありますね!

更に北見市に在住の以前岩間温泉で知り合って
ご自宅に宿泊させて頂いたこともある温泉探検家Sさんをお訪ねすることに・・・

今回Sさんに連れて行っていただいた、秘密の温泉が凄かったのですが・・・
次回に・・

会津鶴ヶ城・吾妻スカイライン・米沢・さくらんぼ

 忙しい合間をぬってモニターツアーに出かけました
過去に1度だけ利用したことがある旅行会社の主催ですが
何処をどう走って行くのか興味があったので参加してみました
行きは塩尻~直江津~新潟~阿賀野川SA経由で会津まで・・
帰りは那須高原~都賀~上信越自動車道~・・長野自動車道~
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会津は鶴ヶ城・・・・ハザマが改修工事を行ったむねが書いてありましたが
確かに外見は真っ白になって来例と言えばキレイ・・・ですが
城の窓も塗りつぶされて風情がありません・・
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以前来た時に比べ大分印象が変わっていました
どういえばいいのか・・・
感動がなくなった・・とでも言うのでしょうか
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土井晩翠作詞「荒城の月」の碑・・もありましたがイメージが湧きません
大分の「竹田城」はピッタリの風情があったことを思いだし
残念に思いました

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五色沼も散策・・・散歩コースにはいいかも知れません

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風景の素晴らしい吾妻スカイラインを走って浄土平に到着・・
吾妻富士に登って昔の噴火口跡を見学・・・

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昼は米沢市にでて明治27年創業の”登起波”にて「米沢牛」のスキヤキ・・
量も多く満足しました

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上杉神社に参拝して御朱印帖に記帳していただきました

ここから上山まで走り「牧野フルーツ園」にてサクランボ狩りを行いました
佐藤錦は未だ収穫には早いと言う事で早生の「べにさやか」という品種が食べ放題
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入口付近は、我先に客が押し掛けるので実も少なめ・・・
私は一番奥まで行ってシッカリ堪能しました
係りの人も親切で好感のもてる農園でした
佐藤錦も一部は赤くなってきていましたので、それも賞味!!!(^^)!

宿泊は裏磐梯の皇太子ご夫妻も宿泊されたと言うホテルでした
ところが・・・相棒が怒って風呂から出てきました
温泉に入って上がってみると脱衣籠のバスタオルがナイ???
確かに籠の一番上に置いてあったのに・・・見当たらない!ナゼ??
誰かが盗んでいったものと思われます
こんな経験は初めてです・
このツアー客の仕業とはかぎりませんが客層が悪いのか・・・
相棒には不快な思いをさせてしまいました

以前に参加した時もあまり良い印象ではなかったのですが
今回も同じ・・・
余程のことが無い限りこの会社のツアーには参加しないつもりです
但し現地のガイドさんは愉快なヒトだったのが救いでした



長沙 岳麓書院と愛晩亭

 張家界からバスで長沙市まで移動し途中ドライブインに立ち寄りました

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辛そうな、おでん風の鍋を発見!

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又、日本のポン菓子のようなもので棒状のお菓子を試食!

長沙市は、湖南省の省都で古い歴史をもつ国家歴史文化名城であり、
経済的にも湖南省の中心として発展しているところです
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中国「宋の4大書院」の一つ岳麓書院に行きました

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書院とは学校の事です。今は湖南大学の一部となっています

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北宋時代976年に朱洞が設立し由緒ある学び舎となっています
学内はシャトルバスが走っていますのでそれを利用します

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その中でも「愛晩亭」は清の時代1792年に建てられ
名称も何度か変わっていますが

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毛沢東が今の名前を付けたと言う事です
若き毛沢東のお気に入りの場所だったそうで、大きな像が建っていました

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若い人たちが多く市民の憩いの場ともなっているようで
自然豊かなキャンバス内を散策する人々をたくさん見かけました

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少し離れたところに「長沙筒牌博物館」があります
ここは、日本のスーパー平和堂が長沙に進出し
建物の建設を始めたところ、土中から大量の木簡・竹簡が出土し
歴史的にも貴重な物と判明したためここに博物館を建設し
それらを保管展示してあります
入口には木の根っこから作ったクジャクの置物がありました
見事なものです

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DOLTON HOTEL CHAGSHAで宿泊・豪華なホテルでした

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長沙空港から上海浦東空港~帰国・・・
中国の多くの良いところを発見できて見どころの多い旅でした

世界一のガラス橋と天門洞

 中国では
世界一の、”ガラスの吊り橋”が話題になっていますが見に行きました。
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完成は2016年9月・イスラエルの設計者によって
二つの峡谷をまたいで高さ300mの位置に作られました。
長さ430m・99枚の強化ガラスが床に貼られています
なんでも鉱山事業で成功した実業家が作ったとのことで
中国全土から大勢の観光客が来ていました。
外国人はほとんど見かけません。
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まず、厳重な手荷物検査があります。
大きなカバン・リュック・一眼レフカメラ・杖・三脚等は持ち込み禁止です
もし検査で引っかかると長い列の最後尾に又並び直さなければなりません
アメリカでお行儀の悪かった中国人の方々もここでは優等生?のようでした
しかし、お国の方々特有の話し声のカン高い声が鳴り響いていますが
慣れと申しましょうかあまり苦にならなくなりました。
お蔭さまで帰国してからも
以前のように日本の我が家で
常に家内が声高にワタシを叱る声が苦になったものが
今ではそれが子守歌のように聞こえて・・・中国の旅の効能でしょうか・・

それはさておき、長い長い行列を入り口に向かって進んでいくと
ガラス保護のための「足カバー」を渡されます。これは無料です
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ガラスの上で皆さん・・老いも若きも、はしゃいでいます。
思ったより怖くは有りませんでした
四国の鳴門大橋の渦潮が見えるところの方がはるかに怖いです。
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私達も1枚パチリ!

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昼食後、・・・・・・・

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張家界市街地からこれまた世界一長いロープウエイに乗車
全長7455m・高さ1279m迄28分かけて一気に登りました

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8人乗りのこのゴンドラは、景色も良く見えて楽しめました

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天門洞の上に到着して景色を見ながら散策しますが
ここでもガラスの鬼谷桟道があってやはり靴カバーを着用・・・

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会談だと999段ありますが、岩盤をくりぬいたエスカレーターがあって
なんと延べ900mあるそうですが、途中一度折り返して降りていきます
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この写真の「穴」の上から降りてきたわけですが
天門洞という自然の造詣に圧倒されました。

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シャトリバスで九十九折になった道を猛スピードで降りていきます
上から見るとマチュピュチュのギンガムロードに似ていますが
その長さ規模は比べ物にならない位凄いところでした。

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又、夜はこの自然の天門洞を背景にミュージカル(天門狐仙)が上演されます

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バックで歌うコーラス隊の民族衣装の素晴らしさ・・・・
歌声があまりにも綺麗なので帰りにCDまで購入してしまいました
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すべてが、大きい・あまりにもスケールが大きくて圧倒されてしまいました


天子山と袁家界 世界一の屋外エレベーター

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 シャトルバスに乗って公園内を移動するのですが約300台のバスが動いているそうです
その中でも”トヨタのコースター”をよく見かけました
他はそっくりなデザインの中国製のバスが走っています

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8人乗りロープウエイで天子山に登り御毛峰を見物・・・
先日NHKBSで放映されていた風景が目の前に現れました

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石英砂岩が風雨にさらされ浸食され現在の尖塔のような形になったわけですが昔は海の底だったそうです

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これが3000本以上たっていると言うからスケールの大きさに圧倒されます

遊歩道を歩いて賀龍公園に差し掛かると「江沢民」の書により石碑が・・
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売店などもありましたが
”マクドナルド”の店舗前のディスプレーはナント{丼}!
驚きましたがこれもお国柄でしょう。


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自然に出来た天然の橋(天下第一橋)を歩きました
手すりの両側には赤い切れがたくさん巻きつけられていて
これは人々が何かの願い事をしたものだと推測しました
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袁家界は、映画「アバター」の風景モデルになったところで奇っかいな岩がたくさんあります
ここから下界に降りるには歩いて2時間半かかりますが

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百龍エレベーターを利用すればわずか1分30秒・・・
高さ330m/ドイツ製で工費が日本円で17億円かかったそうです
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さらにシャトルバスで移動して可愛いトロッコに乗って「十里画廊」と言うところに行き

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三姉妹岩等いろいろ銘々された奇鋒を眺めて元のところに戻りました
ここはハイキングも出来るように整備されていて必ずしもトロッコに乗らなくても
行くことが出来ます

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食事は山の幸を使用したものがでましたが美味でした

南方長城 湖南省の旅・・・ 命知らず?のノラ犬

 南方長城は、漢民族と少数民族の争いの為に作られたらしいのですが
シンキョウの「万里の壁」と呼ばれています
明の時代(1554~1622に完成)全長360Kmにも及びます
この壁を境にお互いに接触せず侵さず・・と長い間暗黙の約束が・・
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門の登り口から約200段の階段を上ると広場にでます
現在では大きな碁盤の目が引かれていて”人間が碁石の代わり”となり

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楼門の上から指示する棋士によって動く・・という
日本の「天童の人間将棋」・・のようなものも行われるそうです
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この城壁にそってさらに800段登って行くと望楼に出ることが出来ます
段々畑の眺めも良く足の疲れをわせれさせてくれる風景でした
下りは別のルートで、716段降りると広場に出ます。

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又階段を200段下って駐車場に着きましたが
ここでは訪れる観光客もあまりいず・・
ノラ犬?が寂しそうに一匹うずくまっていました

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今回の南の方の旅では「犬」を見たのは8日間でたった3匹だけ・・・
あまりに数が少なくtて、こんなことは非常に珍しく疑問に思いました。
他の国ではノラ犬がごろごろいます・・
調べてみると、この地方の人は犬の肉を食べるらしいのです

”食は文化なり・・・”
その国・その地方によって食べるものが違って当たり前!
それを自分の物差しに合わないからと何でもかんでも反対する・・・
そんな正義ぶった人々を私は疑問に思います

「犬を肉を食べる」このことに異を唱える人が
世界中にいて非難をしていると聞きましたが・・・・
その非難をしている方たちは
動物の肉を召し上がらないのでしょうか?

牛・馬・鶏は食べてもいいが犬・猫.クジラはいけない・・・
・なぜ?誰が決めたのでしょう?
そう思う人は自分がそうすればいいだけのこと、
他人に押し付けるな!と言いたいです
念の為申しますが私は「犬」は食べません・・・(^^)/
イナゴ・蛙は食べたことはありますが・・

このアブナイ雰囲気の中で生きている勇気ある?犬・・ワンちゃん達・・
頑張っててね!!!
食べられなければいいのですが・・!(^^)!




鳳凰古城 湖南省の古都

 民の時代の建物や風景の残る”鳳凰古城”を観光しました
まず城の北門楼閣より入場すると広場にでます
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その入り口で「酒の壺を背負った老人像」に出会う事ができます
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広場では、中国全土からの観光客が満ち溢れ賑やかでした
踊りを踊る人、太極拳をしてる人・・・様々です

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ザリガニや鳥の足を串に刺して注文により串揚げにしてくれます
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通りには色々な店舗が軒を連ねていますが
ここは「生姜飴」で有名な”鎮竿張氏”の本店があります
店先で飴を製造しているところを見ることが出来て直売も行われています
後で判明したのですが、同じものが本店で購入すると28元・・
他の地区のお店で売っていたものは15元・・・なんでこんなに値段が違うのでしょうか?
これが中国の面白いところです
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とにかく大勢の観光客がいましたがほとんどは中国人で
欧米人には数人逢いましたが日本人には会いませんでした
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いろいろなお土産屋さんを見て歩くだけで面白いです
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地元出身の有名作家「沈縦文氏故居」や政治家の「熊希齢氏居宅」などもあります
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川の流れは綺麗で野菜を洗ったり洗濯をしたりする人々を見受けましたが
洗剤を使わないので水も汚れないようです

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手漕ぎの船でノンビリと沱江遊覧・・・万明塔・・等も見ることが出来ます

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3階建の「虹橋」から見た沱江の両側に建つ鳳凰古城の風景・・・
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お遊びでトゥチャ族の衣装を着て写真を撮りました
今回の旅で出会った中国の人々・・・これもイメージと一味違っていました
古都「鳳凰古城・張家界・武隆源」等は中国全土からの観光客でごった返しています
しかし、不安は一切感じないのです
通常「スリ・置き引き・窃盗」・・このような事案は外国では特に注意を要します
しかし今回、そのような注意もなく無防備状態の人が多いので聞いて見ました・・

「大丈夫ですか?スリ・泥棒」等は・・・

すると少数民族出身のガイドさんがいいました。

「AKIRAさん、もしここでそんな事をして見つかったらどうなると思いますか?
皆から袋叩き似合い、足の腱を切られて半殺しの目にあいますよ!あははは・・)^o^(」

長沙等の都会では通用しませんが、奥地の観光地では犯罪の心配は少ないようです。
全体の雰囲気がそうだから、無意識に安心感を感じたのだと納得しました

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夜景も美しく見えます。治安もいいしもう1度訪ねたいところです
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銀製品のお店屋さんにあった人形・・・可愛かったデス!
銀製品を見に着けていると健康のバロメーターになると言います
体調が悪くなると”黒ずんでくる”といいますが・・・
他にもお爺さんの店にあった本格的な民族楽器の「フウルウスー」買えばよかったと後悔しきり・・
欲しいいものは迷わずその時その場で買わなければいけない!
分かっているつもりでも他に安い店があるのでは・・と欲がでて・・・後悔!!
この歳になって、これだけ旅に出ても”まだ分からんのか!!”
自分に拳骨をかましてやらなければ・・・(-_-)/~~~ (^^)/

張家界・武陵源・の旅(金鞭渓・黄龍洞)

 中国は3回目の訪問となりましたが
今回は特にすべての面で大満足の旅でした
湖南省は香港の西方はるか山の中にあります
少数民族(トチャ族・苗族・イ族等)が多く、毛沢東の出身地としても有名です

上海浦東空港から国内線で2時間・・「張家界蓮花空港」に着きました
中国は国際便より国内線の荷物検査が厳しくて驚きました
「万歩計」を鞄に入れていたのですがダメだと言うのです
何がダメかと問うと「アラーム」が付いているのがイケナイと言われました
???カウンターに戻って預けるか放棄するか・・
面倒くさいのでその場で放棄しました

張家界・武陵源の風景などは先日のNHK(B.S)でも放映されていましたが
想像を超える絶景で、映像では計り知れないものを実際に見て感激しました。
名古屋市より少し広い地に3000本を超える石英砂岩の石柱が乱立・・・
3億年以上前は海の底だったそうです

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風景地区は幾つかに分かれていてその中はシャトルバスでの移動となります
まず、入口に八重之塔が目印の”吴;家峪門票站”で指紋認識入場カードを作成します
これで一定期間出入りが自由となります(アンコールワットの方式と似ています)
ここからシャトルバスに乗って「金鞭渓谷」の入り口まで行き散策しました

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川の合流点には「張良の墓」があります
張良は三国時代の劉邦の片腕でしたが劉邦が力をつけるに従って
自分の腹心の部下を猜疑心から次々と処刑・・・
危険を感じた張良がこの地に逃げ込んだそうです
この険しい地は逃げ隠れするには絶好の場所だと思いました
今も昔も独裁者の心の中は一緒のようです

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歩いて行く石畳には巻貝の化石が入っていてはっきり見ることができます。

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森林公園の大岩

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食堂の前で少数民族の娘と人形、一緒にパチリ!

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砂絵博物館の絵

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あと、中国一の鍾乳洞「黄龍洞」を観光・・
入口手前の広場には「猿がしゃれこうべを抱えている像」がありました
後ろに日本語でも解説?が書いてありましたが意味不明??でした
何なのでしょうか?
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とにかく大きな鍾乳洞で中は川が流れていて”電動船”で移動観光・・
モチロン歩いての観光も可能ですが時間がかかります
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中には人口の大きなアーチ橋までありました
とにかく広い洞穴でした

張家界風景地区は後日再度行くことにして、
とりあえず明日は「鳳凰古城」観光を目指し移動しました

続く

デスバレー国立公園と ラスベガス

 ラスベガスから約3時間のところに「デスバレー国立公園」があります。
途中の道は淡々と同じ風景が続く・・・・
岩と砂・・建物もなくアメリカでもっとも寂しい道路と呼ばれているらしい。
まずビジターセンターに立ち寄り博物館を見学する。
昔、金鉱山を探してやってきた人たちの写真や
デスバレーに住む動物たちのVTR等も見ることが出来ました。

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公園内のレストランには昔のSLや荷車等の展示品もあります。

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デスバレーは夏は50度にもなる死の谷です。
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バッドウオーターと名付けられた場所は北米最低地点で
海抜マイナス82m・・・かつては海の底だったところで一面の干上がった白い大地・・・
なめてみると「塩」でした。味はナカナカのものでした。
雨の季節は「ボリビアのウニユ塩湖」と同じ風景を見ることができるらしいのですが、
未だ観光会社は着目していないよです・・。
少し穴を掘ると塩水が湧いて出てくる不思議な所でした。

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ダンテスビュー・アーチストパレット・等色々名前の付けられた場所で
色々な違う風景を見ることが出来ます。
しかし、観光客は少なくゆっくりと見学できるのが良かったです。

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ストタトスファイヤタワー(絶叫マシン・インサニティが見えます)

ラスベガスはカジノで有名ですがホテルから空港・ショピングセンター
何処に行ってもスロットマシンが置いてあり勝負?できます。
市街地でひときわ目立つのは金色のトランプビル・・
今回の宿泊ホテルは「ルクソール」でしたがとてつもなく大きなホテルでした(4000室)
エジプト仕様で内外がエジプトモード?で装飾・・
部屋からレストランへの往復も迷子になりそうでした。

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夜はダウンタウン地区のフリーモントストリートへ行き
450mのアーケードの天井に映し出されるスペクタルショーを楽しみました。

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ショーの最中に人間が空を飛んでいきます。
端から端までワイヤーが張ってありあたかも空を飛んでゆくように見えます。

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又、ホテルベラッジオの噴水ショーも見ごたえがあります

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時間帯が違えば噴水の出し方も違う・・・豪華なものです

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ホテルの中が又素晴らしい。
装飾の花はすべて生花・・・とてつもなくお金がかかっているようです。

ラスベガスの郊外には日本で言う文化住宅群が・・・
アメリカでもこんな密集した住宅の建て方をするのでしょうか?
恐らく移民などの低所得者が購入して住んでいるのかも知れません

アメリカはけた外れのすごい国です。
改めて思いました

アメリカ ザイオン国立公園と ザイオン・ナショナルパークレストラン

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 ユタ州のザイオン国立公園は、アメリカインディアンの聖地です。
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ザイオン公園の中心部には、いくつものトンネルを通っていきます。

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トンネルの中には「窓」のように岩をくりぬいてあるところがあります。
でも、あっと言う間に通り過ぎてしまうのであまり外は見えませんが・・

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段々鉄分を含んだ赤い巨岩がそびえ立つ岩が迫ってきます。
国立公園は大きく分けて3つに分けられますが
今回は、その一つ”ザイオンキャニオン”を観光しました。
公園の中は無料シャトルバスが走っていて移動も便利です
我々はザイオンロッジからNo.9のところまで乗車しました。

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英語の解説付きでバスの天井は開いていてそこから赤い岩が見え隠れします。
各岩には、名前が付けられています。

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司教の宮殿・ウエストテンプル・ウオッチマン等々・・・・・・
No.9テンプルオブシナワバ駐車場からは歩いて(トレイル)
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リバーサイドを30分・・・
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途中、リスのような小動物にも出会う事があります。
でも、絶対にエサをやったり触ったりしないようにと注意書きがありました。
狂犬病のような危険な病原菌を持っているものもいるようです。

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このバージン川に入って歩くのが一番のハイライトとなっています。
残念ながら我々はその用意もなく入れませんでしたが・・

日本では北海道の”カムイワッカの湯滝”と言うところがありますがやはり川の中を登って行きます。
でも途中の水はそぬるいお湯ですが、ここは冷たい水・・・
ちゃんとした装備をしないといけません。

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公園の中に「ザイオン ナショナルパーク レストラン」があります。(窓から見た風景)

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店内には面白い飾りが色々と・・・
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飲み物は特大の容器・・・コーヒーのコメダも真っ青!(^^)/
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コーヒーでもこの大きさ・・・ビックリです。
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バッファローのハンバーグを食べましたが
思ったより柔らかでクセは有りませんでした。
(甘く味付けしてあるせいかも知れませんが)
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若いパークレンジャーの女の子もいて楽しいところです。
家族でも恋人同士でもそれなりに自然を満喫しリラックスできる素晴らしいところでした。

アメリカ ブライスキャニオン国立公園 素晴らしい尖塔群

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 レイクパウエルから移動の途中にコロラド川にかかるダムを見ることが出来ます
ここから約3時間かけてブライスキャニオンまでやってきました


ユタ州の南にあるブライスキャニオンは岩の尖塔が見事な別世界です。
アメリカの開拓時代に人々は夢を求めて西へ西へと移動しました。
ゴールドラッシュ・・・「金鉱」を探すためです。

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ブライト一族はおそらくここに落ち着いたのでしょう。(レストランの写真より)
金鉱はなくても、その子孫は、この地で独占的な地の利を得て
ブライスキャニオンのお蔭でレストラン・お土産屋・ホテルを経営しています。
しかも、どれもが素晴らしい・・・

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レストランやビジターセンターがあるところから
車で15分くらいのところに国立公園があります
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駐車場から遊歩道を歩いていくと谷間の底に降りていけます。
下から見る風景は、展望台から見る感じとはまた違います。

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夕焼けのブライスキャニオン
今回カメラの露出設定を”暗いアンテロープキャニオン”時に、
変更したまま来てしまったため露出がオーバーして色が飛んでしまいました。
残念ですが仕方ありません

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朝焼けのブライスキャニオン

公園の標高は2000m~2700mと意外と高いです
冬は雪が降ると言う事ですが、景色はかえって幻想的になると言う。
1000本以上の尖塔は浸食によってできていて今も進行中で
将来はロッジのあるところまでこのような風景になってしまう?との説もあります

しかしアメリカの国立公園はケタが違う・・
しかも人工的なものが極端に少ない為本当の自然に触れたような気がします。
素晴らしいところでした

アメリカ国立公園 アンテロープキャニオンとホースシューベンド

 レイクパウエルは、「映画:猿の惑星」のロケ地となったところです
人造湖ですが個々の貯水量は黒部ダムの4倍の規模があります
湖の周辺には、ヨットハーバーなどありレジャー基地として人気があります。
又、高い煙突が3本立っていますがこれは火力発電所で
ナホバ族の最大の収入源だそうです。
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レイク・パウエルへ流れ込む支流が
柔かな砂岩を侵食し光と影が幻想的な雰囲気を
見せてくれる「アンテロープキャニオン」は
ナホバ族が管理する峡谷です。
全長は150m、高さ20m・・・穴倉の中を進んで行くうちに
岩肌が水によりらせん状に削られた造形美を見ることができます。
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昨日購入した「靴」に履きかえて気分も爽快になりました。

見学は予約制で時間に遅れると後回しのされ大変厳しいと聞きました
荷物の持ち込みは原則禁止で小さなポーチならOK・・との事でしたが
我がアジアの友好国「中国」の方々はリュックを背負い
大きなバックを肩から下げています。

たまらず、メガネをかけた巨漢マツコ・デラックス、アメリカンの係員に聞きました。
「なぜ彼らだけ荷物を持っての入場がOKなのか?」と

巨漢マツコ・デラックス、アメリカンの女性係員が身をすくめながら答えました。

「おーNo! ・・・彼らにはナニを云っても通用しません。聞く耳を持ちません!・・」と
自分の耳の穴を親指でくるくる回しながらシブイ顔をしながらにが笑い・・・
アメリカでこんなゴリ押しが通るのか・・・と驚きましたが
チャイナパワーは恐るべしデス!
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4駆にのりかえ洞窟の入り口に向かいます。
砂埃がひどいのでマスクをしましたが・・・
そんな事をしているのは日本人だけで・・・分かりやすい民族です
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洞窟の入り口
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日光が届くのが春~秋の正午前後のみ
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いったん鉄砲水が流れてきたら逃げ場がなく大変危険なので
上流で雷が鳴っただけで立ち入り禁止になることもあります
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光と影の織りなす風景は大変印象的でした
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最後は、洞窟の出口です。
帰りは又、来たところを戻って行きますが
幻想的な風景に大満足なアンテロープキャニオン観光でした。


アメリカ国立公園 モニュメントバレー

 フラッグスタッフからバスで3時間・・・
誰でも西部劇映画で見たことのある風景・・
「モニュメントバレー」に行きました。
アメリカの原風景とも言われていますが
ユタとアリジナ州の州境にあります
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イギリス人の侵略者たちに虐げられたアメリカインディアンたち・・
今は政府にに手厚く保護されここはナホバ族の自治区です
”自分たちの自治”による保護区で暮らしています。

ナホバ族はその中でも人数も多くお金持ちのようです。
モニュメントバレーに住む彼ら達も貧しかったのですが
若きアメリカ人のボランティア夫妻が彼らを救おうとして奔走・・・

やがて映画のロケ地として提案・・・
映画「駅馬車」等で採用され
これで一躍爆発的に有名になり世界中から観光客が押し寄せ
今ではアメリカを代表する観光地になりました
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レストランの照明はシカの角でできていました

ナホバ族の皆様は、
デラックス・マツコさん顔負けの体格の方が多く
馬ではなく大型の4輪駆動車でモニュメントバレーのポイントを案内してくれます。
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ミトンポイント・・・
その名の通りミトンの形をした残丘が印象的です

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ジョンフォードポイント・・・
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スリーシスターズと呼ばれる岩もあり
西部劇でお馴染みの場所で馬に乗ってのツァーもあります。

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トーテムポールポイント・・・
その名の通りトーテムポール状の岩が乱立

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その前にはとてつもない大きな一枚岩が・・・

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アーチストポイント・・・
本当に絵のような風景です

各ポイントには露天のお土産店がありますが・・・
さすがアメリカはカード社会・・ここでもカード支払いがOKです
トルコ石のような色をした石を加工して指輪・ネックレス・ペンダント等
500円位から売っていますが記念にお求めになるのもいいでしょう

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今回、アメリカと言う事で、アメリカ製の靴(コールハーン)の
皮革スニーカーを履いてきましたが
昨日からその靴の底が剥がれかけて大変困りました。

ガイドにも話をしましたが「OK/OKそのくらいなら大丈夫!
コンビニで接着剤を買えばOKOK・・・」と言うばかり。。

ホテルの近くのコンビニ(7イレブン)に行きましたが
歯用はあるが他は置いてない・・・と言われました

仕方なくホテルのフロントでテープをかりて仮に補修・・・

更に足の痛みを和らげる貼り薬をもってきましたが
これを利用しましたが・・薄くて接着力が強く役に立ちました。
まさか、靴底に貼りつけるような事態になろうとは・・・
そんな不安を抱えながらのモニュメントバレー観光でしたがなんとか持ちました

アメリカで感じたのですが
「まずカネが第一」
困った人がいてもカネにならなければ助けてはくれない」と言う事です
このガイドも馬鹿だなぁと思いました
本気で手を尽くしてくれたらお礼はするつもりでしたのに・・・

ガイドは当てにできないと思い
土産物店に立ち寄るたびに靴を探しました・が
なかなか靴なんか売っていません。

最悪、ホテルの従業員と交渉して中古でもいいから売ってくれと
強引に手に入れようと考えたのですが・・

ありました・・・
今日のホテルの近くのレイクパウエルの
レストランに立ち寄ったところにありました・・
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湖の側ですので、きっとデッキシューズ等も売れるのでしょう
ゴム製の水辺で穿くような靴が特価品の籠の中に放り込まれていました

背に腹はかえれませんので¥2000程で購入しましたが
これが優れもので思わぬ掘り出し物でした・・・・
一見紐があるように見える外観とはうらはらに本当のつるんとしたゴムの靴・・・
コールハーンの中敷きを使用したところピッタリです。
帰国するまでの間なんの問題ありませんでした(^^)/




アメリカ西海岸国立公園 グランドキャニオン

 アリゾナ州にあるグランドキャニオンを訪ねました
中部国際空港から約12時間30分の飛行でデトロイトまで飛び
デトロイトからフェニックスまで約4時間の移動・・・
時差が14時間あって更に3時間戻すという
頭の悪いアタシには、本当に難儀なことでゴザイます。
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フェニックス/スカイハーバーエアー空港にある
飛行機のオブジェがとてもおしゃれです
フェニックスからバスで約5時間の移動・・・
R17沿いには「ベンケイ柱」と呼ばれる
サボテンの群生地があります
左右に柵が無い為道路は圧迫感がなく
大型車でも走りやすい環境です

大型のキャンピングカーがたくさん走っています
後ろには自家用車も積んでいました。
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途中、食事をしてイーストリム入口に入り
グランドキャニオン国立公園に着きました
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ロッキー山脈からのコロラド川の浸食と地層の変動により
山肌を削ってできた峡谷ですが
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長さ460Km深さ1600mも有ると言われています・・・
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鉄道もあって独特の汽笛の音が何とも言えない雰囲気を
醸し出しています。
又、自転車も積める無料のシャトルバスも走っています
トレイルの途中で色々な地層の色を見ることが出来ますが
10月初めでしたが夕方は冷え込んでくるので
ある程度の防寒の備えが必要です。
しかし白人の中には半ズボンTシャツの男性もいて驚きました。
これも個人の勝手と言うものでしょう。
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マーザーポイントから片道40分くらいのところまで
色々な変化にとんだ景色を見ながらトレイル・・・
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そのあと夕日の時に見た岸壁の色の変化が素晴らしいです
色々な種類のトレイルがあり
1日や2日でグランドキャニオンの良さを分かろうとしても無理です
じっくりと滞在して見てみたいところです
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新しい姫路城をみる

 白鷺城と呼ばれる姫路城を訪れました
約5年かけて行われた平成の大修理・・・一部は未だ進行中です
特徴は「漆喰壁」です。これは火災から城を守るためだそうです
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駐車場から歩いて10分・・ようやく菱の門に到着・・・
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ここから本丸まで更に15分位歩かなくてはいけません
近くに見えるけれど広い敷地にビックリ!!

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三国堀からみる姫路城

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城の中に入ると骨組み図の模型があります
木材で良くこんな大きな建物を造ったものだと感心しました。

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中に入って窓の外を見るとシャチの瓦が見えました

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東大柱・・城を支えています
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武具を掛けておく所

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釘を隠す装飾金具

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本丸の敷地から見る城の美しさ

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顔ハメがありました。ややくたびれた姫ですが・・・相棒とパチリ!

(歴史)
1333年 赤松則村、護良親王の命により姫路に砦を築く
1545年 黒田重隆が小寺氏の命により姫路城を任される
1546年 黒田官兵衛姫路城で誕生
1580年 羽柴秀吉が官兵衛の勧めで入城
1583年 秀吉が大阪城へ移り、羽柴秀長が入封
1600年 関ヶ原の戦いの後、池田照正が城主に
1609年 五重7階の連立式天守が完成(工事期間8年)
1617年 本多忠政が嫡男と千姫と共に入封


1967年 大政奉還

白すぎる等と言われていましたが、私の感想では別に違和感もなく
大変美しく思いました。
あいにく不安定な天候でしたが晴天ならもっと美しく見えるだろうと思います
カナダや中国等の外国人観光客も多く
日本の誇る世界遺産として皆さんに楽しんでもらって
帰国しての土産話をして頂きたいものです